About the senses novel


プチ…プチ…

「お、日野」

プチ…プチ…プチ…

「日野ってば」

放課後の観戦スペースにて、土浦は日野を見かけ、声をかけた。
だが日野は土浦の呼び掛けに応えることもせず、一心不乱に携帯をいじっていた。

普段、そこまで携帯をいじらない土浦は、ほんっと女子って携帯いじるの好きだよな…と少しの呆れも含みつつ、わざわざこんなうるさいところでやらんでも、と更に言葉を続けた。

「おい、日野。何してんだよ、携帯いじるなら部屋ん中でやったらどうだ」

「ちょっと待って。………よし、ブクマ完了。で?なんか用?」

パタン、と携帯を閉じて、日野は土浦を見上げた。

「あ、………いや。別に用があるわけじゃないが。見かけたから声かけただけで…」

「あ、そう。じゃあ、そんなヒマそうな土浦くんに質問なんだけど…」

「べ、別にヒマなわけじゃないんだからな!」

「おや、ツンデレ。そんなツンデレな土浦くんに質問なんだけど…。萎える裏小説って、あると思う?」

「………は?」

聞き慣れない言葉に、土浦は髪をかきあげた。

「裏小説。知らない?早い話エロ小説なんだけど」

「早いとかじゃなくて最初からそう言えよ。…って、お前何言ってるんだまっ昼間から!」

日野はヤレヤレというように嘲笑を浮かべながら首を振る。
土浦は少しだけ顔を赤らめていた。

「なに?土浦くんていわゆるアレ?女にスケベな発言してほしくない日本男児ってヤツ?」

日野はカッ!と目を見開いた。

「日本男児とか言ってるけどね!日本男児なんてただ外ヅラだけかっこつけたいただのむっつりスケベよ!世界一エロが豊富な国とか言われてるのわかんないわけ?!まったく!」

「…いや、言ってねえから。なんだよ、いきなりキレはじめやがって」

「コホン。話を元に戻すわね。今、私二次創作の携帯ホームページ見てたわけ。あっ、大丈夫だよ、冬海ちゃん総受け探してただけだから」

「…お前の言ってることがよくわかんねえんだが」

「ちなみに、私の脳内設定は23歳だから。裏も見て当然みたいな」

「お前みたいなヤツが一番管理人にウザがられるんだよ」

「そこだけ的確につっこめるのかよ!…まあ話の流れ的に私は裏小説を見てもいいとしましょう。で、だ。たくさん見つかったわけよ、悶えるほどの裏小説が!」

「…そもそも、なんでエロ小説を裏小説っていうんだ?エロ小説でいいだろ」

「エロ小説って言うとスケベな男が浮かぶじゃない。つゆだく触手プレイ~みたいな。私たちは違うの。そういう愛のないただのエロじゃなくて、女の子は愛のある甘々エッチを求めてるの!それに女の子が『エロ小説』なんて言葉を堂々と使うなんて憚られるじゃない!」

「(…こいつ、言ってること全部破綻してないか?)」

「それでね、冬海ちゃん総受けの素晴らしい小説をたくさん読んで、お腹いっぱい胸いっぱいになったのはいいんだけど…ちょっとした疑問が浮かんでね。それで土浦くんに聞いてみたわけなんだけど」

「聞いてみたわけなんだけど、じゃねえよ。今の全部聞いた理由かよ、聞いてねえ上になげえよ!」

「………そうか、土浦くんはこういうちょっとしたユーモアセンスを試される話もできないくらいつまらない男なんだ。気まずいから関わらない、わからないからやらない…現代の若者を象徴してますね~」

刺々しい日野の物言いに、土浦は方々からクレームがくる前に彼女の話に乗ってやることにした。

「…ムカつくヤツだな。仕方ない、わからないなりに答えてやるよ」

「おっ、さすが土浦くん!普通のTHE☆普通から空気も読めるTHE☆普通にクラスチェンジってわけ?!」

「…普通が一番だろ。………萎えるエロ小説と言われてもな…」

もともと熱血漢の土浦のこと、日野のただの暇つぶしのからかいにも真面目に考えていた。
ていうかヒマなのはお前じゃねえか、とも思った。

「男は視覚が一番だからな。エロを求めるんだったら、小説じゃなく絵とか写真を求めるだろ。だからエロ小説なんて…」

「なるほどねー。あれだから、女の子は男と違ってだんだんと興奮していく生き物だから。小説の方が入り込みやすいわけよ。もちろんイラストとか動画も萌え材料だけど、如何せん敷居が高いじゃない?」

「…よくわからないが、お前はどう思うんだよ。萎える、ってよくわからないんだが」

「だからぁ、男だったらチン」

「誰かー、ピー音入れてくれー」

「日野さん、こんなのはどう?文章にいちいち注釈が入っている、とか」

「おや、どこからともなく加地くんが」

ひょっこりと現れ、いきなり会話に割り込んだのは加地。
土浦は暴走している日野を一人で相手しなくてもよくなった、とちょっと安心していた。

「相変わらず私のことつけ回してるんだね☆」

「もちろんさ!僕は君のファンだから☆」

「でもちょっと意外。加地くんて、私のこと清らかだとか女神だとか触れ回ってるじゃない?そんな私がエロ小説の話してるのに、わざわざ割って入ってくるなんて」

「大丈夫だよ、日野さん。僕は君のことなら全て受け入れられる!だから付き合って下さい」

「なるほど、全て受け入れられると申すか。半径3m以内に近寄らないで下さい」

「わかったよ、日野さん!」

加地はポケットからメジャーを取り出し、律儀に3m計ると、3m先からニコニコと日野を見つめた。

「…あいつ、根っからのマゾだな。ていうか、さっき話の真髄に迫った発言してなかったか?」

「あ、文章にいちいち注釈がある、って?おーい加地くん!注釈って、具体的にはどんなー?」

「それはね、日野さん!エロしょうせ」

「………いいからお前はこっちこい」

周囲の生徒の訝しむ視線が刺さり、土浦は顔を赤くしながら加地を元の位置に引っ張ってきた。

「なに勝手に指示してんのよ土浦くん!私が加地くんに犯されてもいいわけ?!」

「大丈夫だ日野、俺という防衛ラインがある。ATフィールドは死守する」

適当に流すと、日野は頷いた。

「それならよし。で、加地くん。注釈ってたとえばどんな?」

「やっと本題に入れたね、日野さん。えっと具体的には…」

 

「やんっ!あ、ああっ!さ、刺さってるう、加地くんの刺さってるよお!」

「ふふっ、日野さん。すごいよ、きゅうきゅう締め付けてくる。あんなに抵抗してたのに、日野さんてば淫乱な子だったんだね」

じゅくじゅくといやらしい音を立てながら、加地の〇〇〇(注:1)は日野の〇〇〇(注:2)から〇〇(注:3)を掻き出すように激しく出入りしている。
初めの抵抗が嘘のように―――レイプ(注:4)されているのに、日野は与えられる快感に口端から涎を垂らしながら喘いだ。

 

注:1 ちんこ
注:2 まんこ
注:3 愛液
注:4 最初は強引だったけど実は日野さんも僕のことが好きだったから結果的には和姦

 

「………」

「………」

「ね、萎えるでしょ?まずエロ小説読んでるのにいちいち注釈に邪魔されるのってありえなくない?!」

「ありえねえのはテメーだッ!」

「うぐッ!」

日野の〇蹴りが繰り出され、加地は悶えた。

「…ちょっと嬉しそうな顔してんじゃねえよ、加地…」

土浦は口元をヒクつかせて悶える加地を見下ろした。

「テメーコラ加地。なんで加地×日野になってんだよ」

「うう…。いやいやいや日野さん違うんだよ!暫定だよ暫定!」

「〇〇〇だの〇〇〇に注釈つけてんじゃねーよ!注釈つけられなくてもだいたいわかるわ!それよりなにより(注:4)はなんだコラ!」

「おい、日野落ち着けよ…」

日野はきっ、と土浦を睨みつける。

「なにが防衛ラインよ!なにがATフィールドよ!しっかり加地くんに犯されてるじゃない私!」

「遙かなる妄想の中でだけだから安心しろ」

「………。まあ、でも。確かに萎えるわね、しつこい注釈つきエロ小説って」

ふむ、と日野は腕組みをする。

「でしょでしょ?!だから僕と付き合って下さい」

「あっ、志水くん!」

日野は、ぽてぽてと眠そうに歩いていた志水を発見し、声を上げた。
気づいた志水は、あくびをしながら寄ってくる。

「…日野先輩。土浦先輩、加地先輩も」

「ねえねえ、志水くんもちょっと加わってよ。も~、この2人じゃ心許なくてさー」

「(なんの心許だよ…)」

「はあ…。なんのお話をされてたんですか?」

「えっとねぇ、萎えるエロ小説」

「………。はあ。それで…」

「志水くんは、どんなエロ小説だったら萎える?」

「はあ………」

うーん、と考え込んでいる志水。
そんな志水を見て、土浦と加地は顔を見合わせた。

「…志水くんは説明する手間が省けて助かるね」

「ああ。…後輩といえど…。こいつの物分かりのよさというか、本来あってはならない順応力は、見習わないといけないのかもな…」

ぽん、と志水が手を叩く。

「こんなのはどうでしょう。…文章の合間に、特撮的なナレーションが入る」

「どんなの?」

 

「先輩、もっと…声、聞かせて下さい」

「あっ、だめっ、イキそ、もっと…っ、ゆっくり…っ!」

「先輩のここ、すごい…窮屈です…あ、もう…僕も…」

説明しよう!イキそうになった志水は、僅かに残った理性と荒ぶる本能で日野を限界まで追い詰めることができるのだ!普段の志水からは想像もつかない志水へと変貌する!これが、ぎりぎりまで高まった性欲と快感のトランスフォーム!その名も、「トシシタ・ピストン」!

 

「…めっちゃ滑舌いい志水くんの中の人の声で再生されるからやめてくんない?」

苦笑いをする加地。一方で、土浦と日野は笑い転げていた。

「説明しなくていいから!技名つけなくていいから!」

「萎えるっつーか笑えるぜ!」

「はあ…」

「ちょっと日野さん、なんで志水くんの暫定には怒らないの…」

「おーい!」

「あっはははは…。あっ、火原先輩」

火原が大きく手を振りながら駆け寄ってきた。
日野と土浦は笑いすぎて流れてきた涙をぬぐうと、やっとの思いで呼吸を落ち着ける。

「やあ!みんなどうしたの、なんだか楽しそうじゃない!おれも入れてよ!」

「あはは…。はいはい、いいですよ。加地くん、説明」

「えっ、僕?!えっとですね…。今、みんなで萎えるエロ小説について考えてて…」

「え…エロ小説?」

火原は顔を真っ赤にして日野を見た。
と、すぐさま加地を睨みつける。

「ちょ、ちょっと加地くん!女の子がいる前でえ…エロ小説とか、なに考えてるの?!」

「は?!いやいやいや、実際に…」

ねえ、と加地が日野を見る。
すると日野は、土浦の背に隠れるようにして怯えた目をしながら火原を見つめた。

「そうなんです…加地くんたら、私はいやだって言ってるのに卑猥な話をしてきて!わざと私にいやらしい言葉を言わせようとするんです!」

「え!え?!」

「加地くん!」

金色のコルダ14巻表紙のような顔付きで、火原は怒りをあらわにしていた。

「………なーんてね。加地くんいじめるのも飽きたしそろそろ本題にいきましょうか。火原先輩、女の子がみんなエッチなことに無関心で清純だとか思い込まない方がいいですよ。でないと土浦くんみたいになっちゃいますよ」

「そうなの?!うっわ、おれ気をつけるよ!」

「(ムカつくぜ…)」

「火原先輩は、どんなエロ小説が萎えると思いますか?」

志水はごく自然な形で話を戻した。

「えぇっ。…うーん、そうだな。萎えちゃう小説…想像つかないよ。萌える小説ならこんなのがいい!っていうのはあるけど…」

「マジですか、火原先輩。火原先輩ってそういうの読むんですか?」

「えっ、土浦は読まないの?恋空とかさー、めっちゃ泣けるよ!」

「いや、あれはエロ小説じゃないでしょう…。読んだことないですけど」

「ちょっと加地くん、そんなとこできのこ栽培しないでよ。…じゃあ、火原先輩の考える萎えないエロ小説っていうの、聞かせてくれますか?」

「うん、いいよ!えへへ、ちょっと恥ずかしいけど…」

 

「あっ…、火原、先輩…!」

日野ちゃんは乱れた吐息を漏らして、それでも懸命におれの名前を呼んでくれていた。
痛みに堪えながらも、それを口にしない日野ちゃんに、彼女の愛がどけだけ大きいのかわかってしまう。

大好きだよ、日野ちゃん。
このままずっと一緒にいたい…

「っ………、う、んんっ!」

日野ちゃんの髪を撫でながらおれは彼女の耳元で囁く。
“愛してるよ”って。

 

「………」

「………」

「………」

「………」

「どう?!萌えない?!」

「さすが火原先輩…」

「あははっ、やだな、そんなふうに言われたら照れちゃうよ!」

テンションがた落ちの4人に、火原は気づいていないらしい。
冷ややかな空気が流れる中、香穂子は続けた。

「一発で萎える小説の例をあげてくれるなんて…」

「でしょでしょ?!………って、…え?」

「萎えるな」

「ていうか、エロの描写がありません」

「文面だけ見るとスポーツしてるシーンか出産シーンでも違和感ないような…」

「ち、違うよ!初めてのエッチだよ!」

「いや、わかるんですけど…。あと、どうでもいい火原先輩の心理描写に萎え」

「ひ、ひどいよ!どうでもよくないよ!心理描写大事だよ!愛があるところに幸せを感じるんじゃない!」

「どうでもいいわ!過剰な『愛してる』は萎えの極みなんじゃ!あんなことやこんなことしてるとこが読みたいんじゃ!さっきのじゃ18禁どころか15禁でも手に余るわ!」

激しくまくし立てる日野に、火原は「そんなぁ」と涙ぐんだ。
そんな火原に、志水が慰めの言葉をかける。

「仕方ないです…火原先輩。童貞だから、際どい行為の内容は想像できないんですよね」

「全然慰めじゃないじゃん!むしろ更に打ちのめされたよ!」

香穂子はほう、と息をついた。

「萎えるエロ小説…そうかぁ、こういうものなのかぁ」

「おい日野、いいのかよこんな結末で」

「だって火原先輩が究極の案を出してくれちゃったじゃない。土浦くんも萎えたでしょ?」

「なんというか…いろいろな意味で萎えたな」

「………何をしているんだ、みんなで集まって」

「あっ!月森くん!」

本当は騒いでいる日野たちを見て見ぬふりをして通り過ぎようとした月森だったが、なんとなくこちらに歩いてきてしまった。
某かの意志が働いたのかもしれない…。

「…あちらでなぜかきのこを焼いて食べている加地と火原先輩を見かけたが。一体何をしているんだ」

「あー、なんていうか自給自足かな。ところで月森くん、ちょっと聞いてほしいんだけど…」

「おい、日野!」

月森に今までの流れを説明してしまったら、「そんな話に加わっていたのか」などと自分まで軽蔑されてしまうに違いない。
土浦は日野を止めようとしたが、時既に遅し。

 

「ってわけなんだけど」

「………」

月森は、腕組みをしながら顔色ひとつ変えず、日野の話を聞いていた。

「…くだらないな。どんな小説に性欲を掻き立てられるか、どんな小説に冷めるかなど、人によるだろう」

「えっ」

一番まともな意見を言った月森に、日野や土浦は言葉を失う。
志水はいつの間にかきのこ組に混ざってきのこを貪っていた。

「…自分にとっての『萌え』が、他人にとっての『萎え』になることなど、いくらでもあるんだ。だいたい君はそれを突き詰めて、何がしたいんだ?」

「えっと、それは…。別に、特に目的は」

「なら、個人の好み、それでいいだろう」

練習があるから失礼、と月森は去っていった。

「…なんか拍子抜けしちゃったね。正論かましちゃってさー」

「いや、でも月森の言うことにしちゃもっともだったぜ」

「ま、いいか。別にそこまで突き詰めて考えてたわけじゃないし」

「(俺、最初に登場した意味なかったんじゃないか…)」

日野はなんとなく納得しない感じで観戦スペースを去った。

END

 

 

 

 

 

 

 

「………END?」

「!!!」

背後から威圧感を纏った声が聞こえてきて、香穂子は背筋をピンと伸ばしてかたまった。

あの、笑顔で意地悪なことをいう場面がすっかり板についたその人は…

「柚木…先輩…」

「ひどいな、日野さんは。遠くから歩いてきた僕に気づかなかったのかい?それとも、気づかないふりをしていたのかな?」

「い…いえ…流れ的に…もうネタもなかったし…」

香穂子は歯をカチカチ言わせながら振り返った。
予想通り、柚木はにこにこしながら佇んでいる。
もちろん、その笑顔の裏に隠された恐怖を感じとっていないわけがない。

「僕が登場せずに終わるわけはないでしょう?久しぶりの例のシリーズだったというのに」

「お…おっしゃる意味がわかりかねますが…」

「やだなあ、わかっているくせに」

「えっと…その…お仕置きでしたら…、正論を言って解散させた月森くんあたりにしてほしいっていうか…つまるところ私は悪くないっていうか…」

柚木は変わらず白い微笑みをたたえながら香穂子を見ている。

「あーっと…その…。とても柚木先輩には加わって頂けないくらい下品な話だったので…はい…」

「萎える官能小説だったよね?」

「(聞いてたのかよ!)」

「それについてならいろいろと語れることも多いと思うから、日野さん、一緒に来てくれるかな。………来てくれるよね?」

「(黒ォォォォォ!)」

思わずそう叫んでしまいそうになるくらいの黒い笑いに、香穂子は明日の自分が健在であることを祈りながら彼に連行されていった。

END