Misunderstanding

「…じゃあな」

「うん。…また、一緒に練習しようね」

去っていく火積を切なげに見つめ、かなではため息をついた。

「(どうしたら、もっと火積くんと仲良くなれるのかな…)」

ちょっとアッチ系に見える外見と、荒々しい言葉遣い。
火積をただの怖い人と認識している輩は多いが、本当はとても優しい男の子なのだと、かなではよく知っていた。

かなでも最初は「怖い、関わりたくない」なんて思っていたが、彼らが菩提樹寮に滞在することとなり、有無を言わさず関わることになってしまってから、彼が細やかな気遣いができる誠実な人間であることに気づかされた。

見た目で人を判断していた愚かさを恥じ、もっと彼を知りたいと思った時から、恋は始まっていたのだ。

練習に誘ったり、一緒にお弁当を食べたりはするものの、なかなか好意を示すことができないでい。
単純に自分を応援してくれているだけの火積に、積極的にアプローチして嫌われてしまったら?
そう考えてしまうと。

 

寮に戻り、ラウンジを覗き込んだ時だった。
そこにいたのは一人だけ。
伊織だ。

伊織はソファーに座り、せっせと何かしている。
かなでは気になって、声をかけた。

「伊織くん、何してるの?」

「わぁっ!」

突然声をかけられたことに驚いたのか、伊織は大きな体を飛び上がらせた。

「あっ…!ご、ごめん!驚かせちゃった?」

「あ…、小日向さん。ううん、大丈夫だよ。ボクの方こそ、大袈裟に驚いてしまってごめんね」

至誠館のメンバーは、結束力も強く優しい人ばかり。
伊織もその一人だ。

と、テーブルから床へと、何かがパラパラと落ちる。

「………?」

「あっ…!」

伊織はそれに気づいて、残念そうな顔で落ちた何かを拾い集めた。

「…?何してたの?ごめんね、私も拾うの手伝うよ」

「あっ…。う、ううん、大丈夫だよ」

伊織は背中に何かを隠した。
床に落ちているのは、お茶の葉っぱのようなもの。
なにか、いい匂いがしてくる。

「ん…?なんか、お花のいい香りが…」

「う…。………」

「伊織くん、何してたの?教えてよー!」

「あ…。………。実はボク、ポプリを作ってたんだ…」

「………ポプリ?」

伊織は恥ずかしそうにうろたえていた。
背中に隠したのは、どうやら小さい巾着のようだ。

「ポプリって…。匂い袋だよね。じゃあこれはその中身?」

「…うん。ヘンだよね…。男のくせに、ポプリだなんて…」

しょんぼりする伊織とは打って変わって、かなでは目をキラキラと輝かせた。

「そんなことないよ!すごーい!ポプリなんて、自分で作れるんだ!」

それ見せて、と伊織の巾着をまじまじと見つめる。
かなでの反応に安心したのか、伊織はおずおずと話しはじめた。

「ボク…。こういうの作るのが好きなんだ。お店に売っているのも可愛いけど、自分でなら好きな香りで作れるし…。誰もいなかったから、こっそり作ってたんだけど…」

「へえ…。だからいい匂いしたんだね。いいなぁ、手作りのポプリ。この巾着も伊織くんが作ったの?」

「う…うん…」

「すごーい!器用なんだね!」

「そ…そんなことないよ。小日向さんもお料理が上手だから、お裁縫も上手なんじゃないかな…?」

「あんまりやったことないからわからないけど…。どうなのかな。…ね、私も手伝っていい?」

「えっ…?うん、もちろんだよ。あとは袋に詰めるだけなんだけど、やってもらえる?」

「やるやるー!」

 

「…できた!うん、いい香り~♪」

「完成だね。小日向さん、ありがとう」

「ううん、こちらこそ!やらせてくれて、ありがとう!」

伊織と話をしているうちに、かなではあることに気づいた。
伊織は至誠館の生徒。しかも、火積とは同級生だし、仲良しのようだ。

本人に聞けないことを、伊織に聞けないだろうか?

「…あ、あのさ、伊織くん。火積くんのことなんだけど」

「うん、何かな」

伊織は快く頷いた。

「火積くんの好きな食べ物とか、好きな色とか…。それから、彼女がいるかどうかとか、わかる?」

「………」

伊織はぽかーんとしてかなでを見つめている。
やはり変なことを聞いてしまっただろうか。

「…小日向さん、火積くんのこと好きなのかな?」

「えっ?!………っ。う…、あの…」

いきなり核心を突かれて、かなでは赤面して俯いた。
伊織は驚くことも冷やかすこともなく、ニコニコしている。

「………うん。まだ、気になってる、って段階かもしれないけど…。さっきのことも、本人に聞けばいいんだろうけど…。なんでそんなこと聞くんだ、って不審がられちゃったら、って思うと…なかなか勇気が出なくて…」

「…そっか」

「まだ会ってそんなにたってないし、他の学校の人なのに…。私、変かな?」

「ううん、全然変じゃないよ」

伊織は微笑む。
突然火積が好きだと打ち明けても全く動じず、ニコニコしている彼に、かなでは安心感を抱いた。

「あっ、火積くんには、彼女はいないはずだよ。…火積くんは、ちょっと外見が怖いから、女の子にも誤解されやすいらしくて…。本当はすごく優しくて、強い人なのに…」

伊織は残念そうな顔で話した。
でも、とかなでを見る。

「小日向さんは、火積くんの本当の姿に気づいてくれたんだね。ボク、嬉しいな。だから、小日向さんのこと、応援するよ」

「本当?!」

「あっ…。ちなみに、火積くんの好きな色は赤だよ。それから、好きな食べ物は辛いものとか…」

「そうなんだ!じゃあ、今度ちょっと辛めなものをお弁当に詰めよ!」

「うん。きっと喜んでくれると思うよ」

伊織はしばらく考えこんでから、言った。

「…そうだ。小日向さん、火積くんに何か手作りのものをプレゼントしてあげたらいいんじゃないかな?」

「えっ」

「高価なものはきっと恐縮しちゃうと思うし…。小日向さんの手作りなら、きっと火積くん、すごく喜ぶよ。どうかな?」

「それいい!手作り、かぁ…。何がいいかな…。あっ、ポプリ!」

「えっ」

「火積くん、いつも外走ったりして猛特訓してるでしょ。結構、体も疲れてると思うから。リラックスできるような香りのポプリ渡したらいいんじゃないかなぁって」

なんて、伊織くんが作ってるのに影響されただけなんだけどね、と舌を出す。

「そうだね。わあ、いいなぁ、それ。火積くん、絶対喜ぶよ」

「それで…、お願いがあるんだけど。伊織くん、私にポプリの作り方、教えてくれないかな?」

「うん、もちろん。リラックスできるような香りを調合して、巾着も手作りで…」

「ありがとう!」

いつも表情の堅い火積が喜ぶ姿を想像したら、かなではドキドキワクワクしてきた。

こうして、伊織に協力を仰ぎ、かなでのプレゼント作戦が始まった。
これで、もっと火積くんと仲良くなれますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

「………っ」

かなでから渡された弁当箱を開けて、火積は目を見張った。
中身は、自分が好きなものだらけ。

伊織に教えてもらった通り、
今日のお弁当には辛いものを中心に詰めてみた。
火積が驚いているのを見て、やった、と心の中で呟いた。

「これ…。俺が好きなもん、ばっかりだ…」

「えっ?そうなの?よかったー」

偶然を装ってかなでは微笑む。

「どうぞどうぞ、たくさん食べてね」

「っ…ああ。なんか…もったいねぇって思っちまって…。変だよな…、弁当なんて、食わなきゃ意味ねぇのに…」

「ふふ、そうだよ?火積くんの好きなものわかったから、明日からも火積くんが好きそうなもの作って、持ってくるね?」

「あ…ああ。なんだか、すまねぇな…」

火積は赤くなった顔をごまかすように弁当を食べはじめた。

「(本当に…こいつは、不思議な奴だよな…)」

女性と言わず、男性にまで怖がられて、普段は近づかれもしない火積。
そんな自分を孤独だなんて思わないが、やはりどこかで寂しさは感じていた。

かといって、その人が醸し出す雰囲気は、そう簡単に改善できるものでもない。
子供に逃げられ、小動物に逃げられ、半分諦めていた火積の前に現れたかなで。

最初はライバル校の生徒と馴れ合うわけにはいかないと、頑なに彼女を避けていたが―――
地方大会で負けを認め、勝利への異常な執着心を吹っ切ってからは、彼女を目の敵にするようなことはなくなった。

無防備で、他校の生徒にも分け隔てなく優しく接する彼女を見て―――火積もまた、少なからずかなでに惹かれていた。
それはまだ恋と自覚するには足りない、小さな想い。

恋愛に現を抜かすなんて、という硬派な考え方もまた、その想いを認めることを邪魔していた。
…男子校で過ごしてきた火積にとっては、恋愛なんて無縁のものだったから。

“でも、こいつは違う―――”

かなでを特別視する段階にはあった。

「ごちそうさん…。…うまかった、ありがとよ」

「こちらこそ!きれいに食べてくれてありがとう!」

火積は弁当を包みながら、あることに気づいた。

「………」

「ん?どうしたの、火積くん」

かなでのお弁当箱を包んでいたハンカチは、可愛らしいピンク色。
火積の弁当箱を包んでいたハンカチは、燃えるような赤い色をしていた。

いや、偶然だろう。
でも気になって、火積は自分が食べた弁当箱を見つめていた。

「あ。…あのね、火積くんと私のお弁当は、中に入ってるものが違ったから、ハンカチの色でわかるようにしてて…。ピンクが私、赤が火積くん」

「赤が」を強調してかなでは言った。

「そ…そうか。そうだよな…どっちの弁当か、わかんなくなっちまうもんな…」

「これからは、赤はずっと火積くん用ね」

かなでは微笑む。

「(自意識過剰、ってヤツか…?)」

お弁当の中身といい、ハンカチの色といい。
自分の好きなものばかり用意してくれているかなで。
もしかしたら自分のためか?と思いつつ、こう考える。

「(あんたは…優しい奴だもんな…。こうやって俺と一緒に飯食ってんのも…きっと俺がいつも一人でいるのを気にかけてくれてんだろ…)」

同情や心配だとしても、「俺のことは気にしなくていい」なんて突っぱねるのは、失礼だ。
もともと星奏学院には世話になっている身、親切にされっぱなしなのは気が引けるが、今はかなでの優しさに甘えることにしている。

何より、火積自身、かなでと共にいることに心地良さを感じていた。

「火積くん、ちょっと休んだらまた一緒に練習してくれない?」

「ああ…。そんくらい、お安いご用だ…」

 

 

 

「伊織くん!」

駅前で伊織に言われた材料を買ってきたかなでは、一目散に彼のところへ駆け寄った。

「あっ…。小日向さん」

「これ、買ってきたよ!」

荷物を広げようとして、あ、と声を漏らす。

「…ここで作ってたら、他の人にばれちゃうよね。火積くんにも、完成するまでは内緒にしたいし…」

ラウンジには偶然二人以外誰もいなかったが、これから続々と人が集まるだろう。
どこかいい場所ないかな、とかなでは考えた。

「…そうだ!駅前の喫茶店に行かない?公園とかだと風強いから、材料が飛んでっちゃったら困るし」

「うん、いいよ。やっぱり、完成するまでは内緒にしておきたいよね」

「じゃあ、行こう!」

二人はラウンジを出て、駅前の喫茶店に向かうことにした。

「………あれ?」

八木沢が帰ってきたようだ。

「珍しいね、二人で出かけるのかい?」

「あ…八木沢部長…。は、はい。ちょっと…」

「ちょっと駅前まで行ってきます。そんなに遅くにはなりませんから」

「そうなんだ、気をつけていってらっしゃい」

八木沢はニコニコしながら二人を見送った。
伊織とかなでが一緒にいたのには驚いたが、他校の生徒と交流を持ち、仲良くなるのはいいことだ。

 

「この布はどうかな?」

「わあ、きれいな生地だね。これなら、男の子が持っていてもおかしくないし…」

「じゃあ、まずは巾着作りだね。どれくらいの大きさがいいかな?」

さすがに喫茶店で裁縫をするわけにはいかないので、巾着袋の大きさやどのように作ればいいかを聞く。
作り方を聞いたら、帰って自室で裁縫をすればいい。

「ちょっと布が余りそうだね。もったいない気がするな…」

「そうだよね。他に何か作れないかな…。………あっ!」

かなではぽん、と手を叩いた。

「お守りとかどうかな?!」

「わあ、いいね。それくらいの布なら、ちょうどいい大きさのお守りが作れそうだよ。刺繍もしてみたらどうかな」

「刺繍?」

「よかったら、ボクが教えるよ。…得意なんだ」

「うわあ、すごいねぇ、伊織くん!じゃあお言葉に甘えて!…中に、メッセージとか入れてもいいかな」

「うん、硬い紙を用意した方がいいね」

 

計画は順調に進んだ。
とりあえず巾着を作って、できたら次は中身を買いにいこう。
夕飯に間に合うように、二人は喫茶店を出た。

「………ん?」

「何見とう、千秋」

駅前を歩いていた東金と土岐は、嬉しそうに喫茶店から出てくる二人を目撃した。

「ありゃ、地味子と至誠館のホルンじゃないか」

「…あらあら。なんだかいけないもん見てもうたね」

くすくすと笑う土岐に、東金は顔をしかめる。

「何邪推してるんだ、蓬生。ただ喫茶店から出てきただけだろう」

「年頃の男女が喫茶店から仲良く出てきて、邪推せん方がおかしいんとちゃう」

 

 

 

「い、伊織くん!」

夕飯が終わり、それぞれ自由時間を過ごしていた時、かなでがラウンジに飛び込んできた。
それから何やら伊織にこそこそと耳打ちし、二人はこぞってラウンジから出る。

「………」

一連の流れを、火積はぽかんとしながら目で追っていた。

「なんだなんだ?!伊織になんの用なんだ、小日向さんは?!」

「かなでちゃんに内緒話されるなんてずるいずるいっ!オレも行くっ!」

途端に騒ぎ出した狩野や新。
二人を追ってラウンジを出ようとした新の腕を、火積が掴んだ。

「………水嶋。あんまり騒ぐんじゃねぇ…。大事な話してんのかもしれねぇだろ…」

「だ、だ、だ、大事な話って!余計に気になるじゃないですかああああ!」

「………そんなに殴られてぇのか」

「うっ…」

新はうるうるしながらおとなしくソファーに座った。

新を止めておきながらも、火積もまた二人が気になっていた。

「(あいつら…。仲、よかったのか…?一体、なんで…?)」

そんなことを考えて、火積ははっとした。

「(俺に詮索する権利なんてねぇじゃねぇか…。一体何考えてんだ、俺ぁ…)」

 

「教えてもらった通りにやってたのに、ここ失敗しちゃったの…」

「ちょって見せてくれる?…あっ、これなら大丈夫。直せるよ」

「本当?!」

「うん、安心して。巾着の方はずいぶん早く完成したね。やっぱり小日向さんはお裁縫も上手だったんだね」

「そ、そうかなぁ…?」

巾着作りはなんとかなったものの、やはり刺繍は難しい。
しかし直せると聞いて、かなでは胸を撫で下ろした。

お守りを作っている間、かなでは中に入れるメッセージになんと書こうか考えていた。
裁縫より、こっちの方が難しそうだ。

「…じゃあ、巾着は完成したから、明日は中身を買いにいこうか」

「うん!香りの種類とか、私全然わからないから…。伊織くん、アドバイスよろしくね」

「うん、任せて」

 

 

 

 

 

 

 

今日も練習を終えたかなでは、早速伊織とポプリの中身を買いに出かけた。
駅前の雑貨屋にあるとの情報を得た。

火積はラウンジで一人、麦茶を飲んでいた。

今日も、いつものように午前中一緒に練習して、お昼も一緒にお弁当を食べて…
やはり、火積の弁当の中身は好きなものばかりで、赤いハンカチに包まれていた。
別段、かなでの様子に変わったところはなかった。でも…

「なあ、小日向ちゃん、また至誠館のホルンくんと出かけよったで」

「へえ。ずいぶん仲がいいんだな」

ラウンジに入ってきた東金と土岐が話している。
盗み聞きはよくないと思いつつ、火積はつい二人の話に耳を傾けてしまった。

「あの二人、もしかして付き合うとるんかな」

「…さあな」

「小日向ちゃん、えらいにこにこしながら歩いとったよ。あれは恋する乙女の瞳やね」

「…どうだろうな」

「なんやの、千秋。ノリ悪いやん。もしかして、妬いとう?」

「バカ言え。誰があんな地味子なんか」

「………ん?」

土岐は火積の存在に気づいて、ニヤニヤしながら近づいてきた。

「至誠館のバンカラさんやないの。な、今の話、聞こえとったやろ。どうなん、あの二人」

「………」

神南の二人はちゃらちゃらしていて苦手だ。
キッ、と睨みつけたが、土岐は動じない。
火積はため息をついて、言った。

「………知らねぇ。俺は、なんも聞いちゃいねぇからな」

「そうなん?あんた、ホルンくんと仲ええんやろ。小日向ちゃんとも、よく一緒に練習しとるみたいやし」

「…知らねぇもんは知らねぇよ」

「…もう、つまらんわあ」

ちぇっ、と土岐は舌打ちをする。

「………でも、もし。あいつらが、その…。付き合ってんだとしたら…。うまく、いってほしいとは思ってる…。二人とも、いい奴だからよ…」

「へえ、あんたは真面目クンなんやねぇ。俺らはからかいたくてしゃあなくなるわ。なあ、千秋?」

「ひとくくりにしないでもらいたいな」

「………」

狩野たちだけではなく、神南の二人も噂をしているということは、
やはりあの二人は付き合っているのだろうか。
伊織は大切な仲間だし、かなでもいい子だ。二人を祝福してやりたいと思うのに―――

「(なんで…こんな、モヤモヤしやがんだ…)」

 

 

 

「エッセンスオイルで香りが増すんだね~」

「あんまり入れすぎちゃうと香りが強くなりすぎるから、気をつけてね」

買い物を済ませ、寮に帰る途中の二人。
今夜、自室で香料を詰めれば完成だ。

「………。でも、どうやって渡そう…」

「練習の時か、お昼に渡せばいいんじゃないかな?」

「う、うん。二人きりになれる時間は、それしかないもんね…。緊張するなぁ…」

「頑張って、小日向さん。火積くん、絶対喜んでくれるよ」

「…うん!頑張る!本当にいろいろありがとう、伊織くん」

 

 

 

 

 

 

 

手作りのポプリとお守り。
二つを丁寧にラッピングした。

お守りの中身は、「火積くんが幸せな毎日を過ごせますように」と書いた紙。
…本当は、「大好き」とか書こうと思ったのだが、万が一見られてしまったら恥ずかしいのでやめておいた。

喜んでもらえなくても、受け取ってもらえればいい―――
そう考えて、ドキドキしながらかなでは火積を探しにいくことにした。

 

山下公園を歩いていると、火積が木陰で休憩していた。
電話で連絡を取ろうとも思ったが、やはり直接誘いたい。

お弁当も、今日は気合いを入れて作ってきた。

駆け足で火積に近づくと、彼はすぐにかなでに気づいた。

「ああ…。あんたか…」

「ここにいたんだね。ふふっ、探しちゃった」

「探した…?俺を、か…?…わざわざ探さねぇでも、電話してくれりゃよかったのによ…」

「う、うん。そう…なんだけど」

赤くなってもじもじするかなで。
まさか、そんなことにも気づかずにバカ正直に探し回ったのか?
そう考えると、呆れる半面とても可愛らしく思える。

「本当に…あんたは…。きっと、あんたのそういうとこが…」

言いかけて、はっと口をつぐんだ。
“あんたのそういうとこが、伊織も好きなんだろうな”なんて、言ってしまいそうになって。

「…火積くん?」

なんだか、今日の火積はあまり元気がないように見える。
まあ、体が強そうとはいえ、彼も人間。疲れることだってあるだろう。

バッグに忍ばせたプレゼントに触れ、ちょうどいいのかも、と心の中で呟く。

「…あ、あのね。これから、一緒にお弁当食べたいなって思って…」

「………」

火積は目を伏せた。

「…いや。俺は、いい」

「えっ…?」

いつもは、快く返事をしてくれるのに。
断られたことなどなかった。

やはり、体調でも悪いのだろうか?

「っ…、火積くん、もしかして…具合、悪いの?」

「いや…、そうじゃねぇ…」

「じゃあ何か用事?それなら…」

仕方ないけど、とかなではしょんぼりする。

「………。あんたは…。俺を気遣ってくれてんのかもしんねぇが…。俺も、若い二人を邪魔するほど野暮じゃねぇ…」

「…は?若い?」

火積とは同い年のはずだったが、とかなでは首を傾げる。

「やっぱりよ…。他の男と一緒にメシ食われたら…あいつもいい気、しねぇだろ…。そりゃ、くだらねぇ嫉妬するような小せぇ男じゃねぇってのは、俺だってわかってるつもりだけどよ…」

「…???」

火積はなんの話をしているのだろう。
かなでの頭の中は「?」で埋まっていた。

「俺ぁ…。あんたたち二人を祝福してぇんだ…。幸せに…なんな…」

「ほ、火積くん?!」

火積は肩で風を切りながら去っていってしまった。

つまり…

どういうことなのだろう。
さっぱりわからない。

なんだか、そのまま渋い歌の歌詞にでもなりそうな言葉をずっと呟いていたが…。

 

気がつくと、火積は寮へ戻っていた。
どこをどう帰ってきたのかもわからない。

「祝福したい」―――そんな言葉を口にしたくせに、火積はそんな気持ちにはなれずにいた。
本当は思っていないことを口に出すなんて、今までなかったのに。

「(俺ぁ…最低の男だ…。ダチ一人、世話になった女一人、心から祝ってもやれねぇなんて…)」

激しい自己嫌悪に陥る。

ラウンジに入ると、そこには伊織がいた。

「…あっ、火積くん」

「伊織…」

心の中で思い描いていた人物と遭遇して、火積は動揺する。

「あ、あの…。もうお昼の時間だけど…小日向さんは…?」

伊織は少し聞きづらそうに目を泳がせて言った。

「伊織…。惚れた女を一人にさせちゃいけねぇ…。会ったのが俺だったからまだいいけどよ…。周りには軟派な野郎共もうろうろしてやがる…。いつでもそばで守ってやんな…」

ぽん、と伊織の肩を叩く。
伊織は複雑な顔をして火積を眺めていた。

「え…?えっと、小日向さんに…お昼ご飯に誘われなかったの…?」

「誘われた…。だが、もう俺に気を遣うこたぁねぇんだぞ…。俺は、お前たちを応援する…。俺のこたぁ気にせず、二人で青春を謳歌しな…」

「………。あ、あの…。もしかして、火積くん、何か勘違いしてるのかな…?」

「あ…?」

やっぱり、と伊織は微笑んだ。
なんのことかわからず、火積は怪訝な顔をして言った。

「お前と小日向は…。付き合ってるんじゃねぇのか…?」

「ううん、付き合っていないよ。小日向さんが好きなのは、火積くんだよ」

「……………は?」

あまりに衝撃的な一言に、火積は思考が止まった。
が、すぐに我に返る。

「バっ…、な、何言ってやがる!お前は、くだらねぇ冗談言う奴じゃなかっただろうが!」

「冗談なんかじゃないよ、本当だよ。…そっか、最近はよく二人で行動してたから、勘違いさせちゃったんだね。…ごめんね、火積くん」

「っ………」

「ボクと小日向さんがなんで一緒に行動してたのかは、小日向さんと話をすればすぐにわかるよ」

「(あいつが、俺を、好き…だって…?)」

 

「………はあ」

よくわからないが、火積に昼食を断られてしまった。
…せっかくプレゼントを渡そうと思ったのに。

ずっと外にいたらお弁当が悪くなってしまいそうで、かなでは一時寮に帰ってきた。

今日がだめなら明日でもいい。
最低でも、火積たちが帰ってしまうまでに渡せれば―――

「…あれ?」

ラウンジに入ると、やけに神妙な顔をした火積と、にこにこしている伊織が目に入った。
…火積は寮に帰ってきていたのか。

「ただいま。…やっぱり、具合悪かったのかな、火積く」

「ッ?!」

火積が真っ赤な顔をしてこちらを振り向いたので、かなではびっくりしてしまった。
…熱でもあるのだろうか。

「あっ…。ちょうどよかった、小日向さん。…今ね、火積くんと君のこと、話していたんだよ」

「え…?私のこと…?」

「伊織ッ…」

「火積くんね、最近ボクと小日向さんが一緒に行動することが多かったから、ボクたちが付き合ってるって勘違いしていたみたいなんだ」

「えっ!」

「だからね、小日向さんは火積くんが好きなんだよ、って教えてあげたんだ」

「あっ、そうだったんだー。………えええ?!」

ぼん!とかなでの顔が赤くなる。
そりゃ火積も赤くなるわけだ。

伊織の言葉に半信半疑だった火積も、かなでが赤くなったのを見て「マジだったのか?!」と目を見開く。

「も、も、も、もう!なんでバラしてるのよう!伊織くんのバカバカ!」

「ふふ、ごめんね。だって、ちゃんと言わないと、誤解が解けないでしょう」

「………」

かなでは上目遣いでチラ、と火積を見た。

「………。こんな風に告白することになるなんて思わなかったけど…。…伊織くんの言う通り…。私は、火積くんが好き…です」

「………!」

「火積くん、ちゃんと返事をしなきゃだめだよ」

「っ………。ああ。…驚いて…言葉が…出なくてよ…」

火積はすごい汗だ。

「あんたの気持ちは…嬉しい…。だが…。あんたみてぇなお嬢さんが…なんで俺みてぇな男を…」

言われて、かなではバッグに入っていたプレゼントを差し出した。

「俺みてぇな男、だなんて言わないで。私、いつも優しい火積くんともっと仲良くなりたかったの」

「優しい…?俺は、優しくなんか…」

「これ、プレゼント」

「っ…」

差し出されたものを受け取り、火積はうろたえる。

「開けてあげなよ、火積くん」

伊織がナイスフォローをして、火積は戸惑いながらも頷いた。

「………すまねぇ。開けても…いいか?」

「うん」

包み紙を開けると、途端にいい香りが鼻をくすぐった。
これは、なんだろう?
男の火積はあまり目にすることがない、小さな巾着袋。

「いい匂いだな…。これは…なんだ…?」

「ポプリだよ。伊織くんに作り方を教わって、疲れを癒して気分をリラックスさせる香りに調合したんだ」

言われて、火積は伊織を見遣る。
そういうことだったのか、という目をした火積に、伊織は頷いた。

「それから…。もう一つは、お守りだよ。どっちも私の手作りだから、不格好かもしれないけど…」

火積はお守りを目の前に掲げた。
「交通安全」「身体健康」「学業成就」と言う文字と、可愛らしい刺繍が成されている。

「はは…。ずいぶん欲張りなお守りだな…」

火積は照れながら笑った。

「でしょ?どれか一つにはしぼれなくて。…私、ポプリを作るのも刺繍をするのも初めてだったんだけど、伊織くんが丁寧に教えてくれたの」

「ボクは、いつも火積くんに助けてもらってばっかりで…。火積くんの良さは、一番知ってるって思ってるよ。だから、小日向さんが火積くんを好きなんだって聞いた時はすごく嬉しかったし、いつものお礼のつもりで、小日向さんに協力させてもらったんだ」

「私たち二人は、火積くんがとっても優しくていい人だって知ってるし…火積くんが、だ…大好きなんだよ?」

「お前ら………」

火積は不覚にも目が潤んだ。
まさか、自分の知らないところで、こんなにも誰かに想われていたなんて。

「俺ぁ…。そんなたいそうな男じゃねぇよ…。でも、その気持ち…ありがたく受け取らせてもらいてぇ…」

「やったね、小日向さん。やっぱり火積くんは、喜んでくれたよ」

「うん!」

「ったりめぇだ…。これ、一生大事にさせてもらう…。肌身離さず、持ち歩く…」

かなでからのプレゼントをぎゅっと握って、火積は言った。

「………ありがとう。じゃあ、ご飯食べない?お弁当、まだだったから。伊織くんにも何か作るね!」

「わあ、いいの?」

「もちろん!ポプリ作りと刺繍教えてくれたお礼したいから」

三人は、仲良く少し遅めの昼食を取った。

 

 

 

「…あ、あの。ボク、新くんに呼び出されちゃった。ちょっと、外に出てくるね」

ご飯を食べ終わってから、携帯を見て席を立った。

「えっ、そうなの?」

「うん。小日向さんのお料理、すごくおいしかったよ。ごちそうさま」

もしかして気を遣わせちゃったのかな、とかなでは心が痛んだ。
残された二人。

伊織がいなくなってから、会話は途切れてしまった。

「………」

「………」

「………あのよ」

緊張を裂いて、火積が切り出す。

「な、何かな」

「………。あんたに、返事…してなかったよな」

「っ………!あ、あの。私が火積くんのこと、好き…ってことに?」

返事を聞きたいような気もすれば、聞きたくないような気もする。
当初はプレゼントを渡すだけの予定が、告白までしてしまったものだから、まだ心の準備ができていない。

「女のあんたにあそこまで言わせて…贈り物までもらっちまって…。なのに、俺からの気持ちを言わねぇなんて、男じゃねぇ」

「う…。でも、言いたくないなら言わなくても…いいよ?」

「いや、言わせてくれ。本当は、自分がこんなこっ恥ずかしいこと言うなんて、想像もしてなかったが…」

赤くなりながらも、火積はかなでをまっすぐ見つめた。
かなでもまた、その目をそらすことはなかった。

「…うちの副部長や水嶋、神南の奴らが、伊織とあんたが付き合ってるみてぇだって噂しててよ…。俺は、伊織も大事な仲間だと思ってるし、あんたのことも…いつも世話やいてくれるいい奴だって思ってたから…。…あんたらを応援しようって、決めたんだが…」

「(そ、そんな噂になってたんだ…)」

「俺、どうしてもあんたらのことを心から祝ってやれなかった…。なんでだ、って、そんな自分が許せなくてよ…。でも、あんたの気持ち聞いたら、それがどうしてか…わかった気がすんだ…」

二人を心から祝ってあげられなかった理由。
それは―――

「俺…。あんたが気になって…好き…だったんだと思う。だから…嫉妬して…二人を祝ってやれなかったんだ…。そりゃ、そうだよな。惚れた女が、別の男と付き合ってるなんて聞いて…心から祝えるわきゃ、ねぇ…」

「………っ!」

「俺の気持ちは…こんなんだ。あんたに好きだって言ってもらった時も、贈り物もらった時も、すげぇ嬉しかったくせに…うまい言葉のひとつも出てこねぇ…。情けねぇけど…。俺の言葉に、嘘はねぇ。そこんとこ、汲み取ってもらえたら…助かる…」

二人とも、茹で上がったように顔が真っ赤だ。
クーラーの風が顔に当たって、その温度差が冷たいくらい。

「あっ…ありがとう…!う、嬉しい…!私、火積くんともっと仲良くなれたら、って考えてただけだったのに…こんな…」

かなでは嬉しくて泣きそうになっていた。
互いに想い合っていただなんて、奇跡としか言いようがない。

「っと………その………。俺たち、付き合う…か…?」

火積は照れ臭くて仕方ないのか、しどろもどろに言った。

「っ…?!」

「…いや、こんな言い方はねぇよな。その…。俺と、…付き合って…くれ…」

火積の照れ臭さは既に臨界点に達していた。
告白、それも交際の申し込みをするなんて初めて。
下手したら地方大会の舞台に上がる前より緊張してるかもしれない、なんて不謹慎なことまで考えてしまった。

「もちろん…!私なんかでよければ…!私こそ、付き合って…下さい!」

「私なんか、じゃねぇ…。あんたみてぇに可愛いお嬢さん、俺にゃもったいねぇくれぇだよ…」

誰もが彼女の噂をしている。
一生懸命頑張って、努力をし、優しい彼女を、好きにならない男なんているのか、と思うくらいに。

だから、火積にとってはかなでは高嶺の花といってもいいくらいだった。

「これから…俺たちが仙台に帰って…。遠距離にはなっちまうけどよ…。そんなん気になんねぇくらいに…あんたを大事にする…。俺はいつでも、あんたからの贈り物眺めて…あんたを…その…。想う、からよ…」

「うんっ…!………。その、お守り。恋愛成就、も入れとけばよかったかな」

「恋愛…成就…?そんなん…いらねぇだろ…。だって、もう…。成就…しちまってるし…」

「え………!」

素で言っているのか、火積は少し驚いた顔をしている。
かなでがあわあわと照れているのを見て、火積ははっとした。

「っ………。もしかして、俺…。恥ずかしいこと、言っちまったのか…?」

「ほ、火積くん。結構…天然タラシ…?」

「た、タラシだと…?俺は、そんなんじゃねぇよ…!…でも、あんたの前だけでなら…少しくらい軟派になっても…いいかもしれねぇな…」

「わわわわわあっ!」

こんなに赤くなって可愛らしいかなでを見られるなら―――

 

 

 

 

 

 

 

「火積が小日向さんと付き合い始めた…だと…」

「うわあああああんっ!かなでちゃんが、火積先輩に取られたあああ!」

狩野は顔に恐ろしげな影を作り、新は泣きじゃくっている。

菩提樹寮内に、火積とかなでが付き合い始めたという噂は、またたくまに広がった。

「なんだよなんだよ!『女なんてもんに…現抜かしてるヒマなんざ…ねぇんだよ…』みたいな感じだったくせにーっ!ちゃっかり彼女作っちゃってさあっ!」

「こらこら、二人とも。仲間の幸せを素直に祝ってあげられなくてどうするんだい?」

八木沢が窘めると、伊織も微笑んで頷いた。

「そうですよね。火積くんも小日向さんも幸せそうで、本当によかったなあ…」

「っていうか!伊織、最初はお前が小日向さんと噂されてたじゃないかっ!あれはなんだったんだよっ!」

「えっ…、ぼ、ボクですか?ボクは、小日向さんに協力していただけで…」

「あああああ協力ってなんだよ!人に協力してる余裕なんかないッ!協力するくらいなら俺は自分の彼女にするねッ!」

狩野はわしゃわしゃと頭を掻きむしっている。

「だ…だけど…。ボク、彼女いるし…」

 

「「え」」

 

狩野と新は目と口を開いたままかたまった。

「僕も見たことがあるよ、伊織とお付き合いしている女性。小柄で可愛らしい方だったね」

「あ…ありがとうございます…。でも、彼女は背が小さいこと、ちょっと気にしてて…」

「なななななななんだと?!伊織に彼女がいるだって?!」

「そそそそそそそんなこと一度も聞いたことないですよ?!伊織せんぱあい?!」

「や…やっぱり、おかしいよね…。ボクに彼女がいるなんて…」

「何を言っているんだい、伊織。君は人の痛みを理解できる優しい人だし、女性が喜びそうな趣味も豊富にあるからね。全然不思議ではないよ」

狩野と新は「これは夢だ」と言いながら、激しく壁に頭を打ち付けている。

「はっ。女性が喜びそうな趣味…だと…」

「伊織せんぱあああい!オレにも、お菓子作りとお裁縫、教えてくださああああいッ!」

「うん、もちろんいいよ」

「やった!狩野先輩、オレたちも女の子が喜びそうな趣味を身につけて、女の子にモテモテになりましょう!」

「がってんだ、新!」

「はは…。それだけの問題じゃない気もするけどなぁ…」

八木沢は苦笑いをした。

END