Lovely detective

「…さん、…て」

「んー…」

「小日向さん!起きて!」

「わっ!」

耳元で叫ばれ、かなでは飛び起きた。

「…あれ、ここは…」

「記憶喪失にでもなりたい気分だろうけど、その手は通用しないよ。ほら、資料」

「えっ…、え」

慌てて辺りを見回す。
…異人館の、室内。確かに、かなでがさっきまでいた場所だ。
けれど、何かが違う。まず、窓の外が暗くて…

………夜?

どっさりと手にのせられた書類の山。
つい受け取ってしまったが、これは一体?

「今夜が勝負なんだから、しっかりしてくれないと。それ、まだ半分も目を通してないんでしょう」

「………なに、これ」

「………小日向さん。おとぼけもたいがいにしてほしいな。…ま、これが今夜でなかったなら、存分に君の戯れに付き合ってあげるところだけれど…」

「!」

天宮は手の甲でかなでの頬に触れた。

「………今は、そういうわけにもいかないからね」

「………」

天宮は、確かに天宮なのだが…
やはりどこか、雰囲気が違う。
喫茶店で休憩した時に着替えた衣装のまま、室内をせわしなく動き回っている。

「…ねえ、天宮くん。大地先輩と蓬生さんは?」

「………は?」

天宮は怪訝な顔をしてかなでを見ている。

「依頼人…榊くんはもうすぐ来ると思うけど。その、蓬生さんっていうのは、大怪盗トキのこと?」

「だ…大怪盗トキ?いらいにん?」

「………」

怪訝な顔をしていた天宮は、今度は哀れみに満ちた表情でかなでを見つめた。

「…なんということだ。君の記憶喪失は、演技ではないらしい」

「???」

「大怪盗との直接対決…それを目前に控えて、あまりの緊張で記憶喪失になったとでもいうのか…」

「あ…あの…?」

「わかったよ、小日向さん。一から説明しよう」

天宮は深刻な表情で語りはじめた。

 

…ここは、小日向かなでが所長を務める探偵事務所。
普段は依頼もなく、苦しい生活が続いているが…

世間を騒がせる大怪盗が出現してからは、その依頼で事務所は大繁盛。

先日もとある依頼人から依頼をもらった。
その依頼のため、もしかすると今夜は大怪盗と初の直接対決になるかもしれないという。
今夜依頼人の家に盗みに入ると、大怪盗から予告状がきたそうだ。

依頼人の名は榊大地。
この辺りで一番大きな病院のひとり息子で、大金持ち。

彼は今夜事務所に来て、かなでたちを自宅に連れていくとのこと。

「…そ、そうだったんだ。で、天宮くんは?」

「僕のことまで忘れてしまったなんて悲しいよ。…僕は、君の助手じゃないか」

「助手…」

「そうだよ。事務仕事から君の世話まで、なんでもこなすできた助手だといつも褒めてくれているじゃないか」

天宮はにっこりと笑った。
…なんだか胡散臭い。

「…と、とりあえずなんとなくは理解したよ。それで、私はこれからどうしたらいいの?」

「そろそろ依頼人が僕たちを訪ねてくるはずなんだけど…」

「こんばんは」

カランカラン、と来客を示すベルが鳴り、誰かが室内に入ってきた。

「あ、大地先輩!」

「大地…先輩…?」

大地はきょとんとしてかなでを見ている。
変なことを言ったかな、とかなでは口をつぐんだ。

「先輩…って?」

「あっ!あの…。大地、さん…」

大地を「さん」づけで呼ぶなんて、なんだか照れてしまう。
かなでは赤くなって俯いた。

「ははっ、名前を呼ぶだけで照れてしまうなんて、ひなちゃんは相変わらず可愛いな」

「あ…」

なでなで。
頭を撫でるクセは変わらないらしい。

「なぜだかわからないけど、『さん』づけが恥ずかしいなら君の好きなように呼んでくれて構わないよ」

「じゃ、じゃあ…。大地先輩…」

「うん、それでOK」

「榊くん、うちの所長と不必要に接触するのはやめてくれないかな」

天宮が大地とかなでの間を割って入る。
にこにこしているものの、なぜかどす黒い雰囲気を纏っている…

「おや、助手さんに怒られてしまったな。ずいぶん過保護なんだね、天宮くんは」

「過保護なわけじゃないさ。ただ、榊くんがかなでさんとの関係を誤解しているみたいだからね。かなでさんは、君が依頼人だから愛想よく接しているだけだよ」

「それは心外だ。ひなちゃんとはプライベートでだって仲良くしてもらっているのにな。…いっぱしの助手の君とは違って、事務所の外でも、ね」

「あ…あの…」

なんだろう、このぴりぴりした雰囲気。

「…かなでさん、安全のためにも彼とは半径1メートル以上距離を保つようにね。僕は飲み物とお菓子を持ってくるよ」

天宮は隣の部屋へ去った。

「さて、お節介な助手もいなくなったことだし、今夜のことを話そうか」

二人はソファーに座って、話をはじめた。

 

…大地の話からわかったこと。

大地とかなでは、もともと近所に住まう者同士で交流もあった。彼の父が経営する病院にも、何回かお世話になっているという。

大地は、ある時から大怪盗トキに目の敵にされるようになった。
以来、家のものが盗まれたりして、散々な目に遭っているということだ。

しかし、かなでたちの捜査の賜物か、盗まれたものは簡単に見つかった。
今まで、は。

今回は、「大事なものを盗みにいく」という予告状が届いた。
今までのように、「包帯を3つ盗みにいく」「定期を盗みにいく」といった具体的なものではなく、「大事なもの」という表現に、いよいよ命まで狙われているのではないかと考えるようになった。

今夜1時に盗みに入られるらしいので、安全のため両親には別の場所に避難させてあるそうだ。

「…資料には、大怪盗トキは人殺しはしたことがないと書かれてるけど…」

かなでは資料とにらめっこをしながら言う。

「…本人も、人殺しなんて無粋な真似はしないと豪語しているらしいけどね。でも、大事なもの…といったら、ただの金品じゃないだろう?」

「…そうですね。そもそも、大地先輩はどうしてそんな大怪盗に目をつけられちゃったんですか?」

資料に書かれている今までの被害は、どれも大地への犯行ばかり。
しかも地味にイヤなものばかり盗まれている。
…ただのいやがらせみたいな気もするくらいに。

かなでは子供のような犯行内容に呆れながら、聞いた。

「あれ、前に言わなかったっけ?」

「あ…あああ、最近ちょっと物忘れが激しくて…」

「そうなのかい?…なんだかね。本当、しょうもない理由なんだけど。あいつ、普段は変装して街を歩いているらしいんだけど…。どうやら、その時、街中で俺と肩がぶつかったらしいんだよね…」

「はあ?!それだけ?!」

「…うん。俺は、それだけが原因じゃないような気がするんだけど…」

大地はポケットからカードを取り出した。

「これが今回の予告状だよ」

かなではカードを受け取り、内容を読んだ。

 

親愛なる大地くんへ

先日は肩に一発痛いのありがとう。
もう肩上がらへんわ~複雑骨折やわ~。
せっかくこちらから慰謝料として包帯頂きに参上したんに、まさか取り返されてまうとは思わんかったわ~。

てなわけで、明後日の深夜1時、あんたの「大事なもの」を頂きに参ります~。
お茶用意して待っとってな。
ダージリンで。

土岐蓬生より

 

「………。面倒なのに絡まれましたね…」

「だろう?俺も本当に困っているんだよ」

やれやれ、と大地は肩をすくめた。

「お待たせしました」

天宮がトレーを持って戻ってきた。

「マンゴーシェイクとホワイトチョコレートだよ」

にっこり。
大地は顔を引き攣らせた。

「…ああ、ありがとう天宮。けれど、できれば紅茶とかコーヒーとかそういう」

「ああ、悪いね。今どちらも切らしていて」

「………。ひなちゃん、よかったら君がどうぞ」

「えっ?いいの?」

かなでは嬉々としてマンゴーシェイクを飲み始める。

「話はまとまったかな」

「まあ、内容は前に話した通りだよ。…それ飲んだら行こうか、ひなちゃん」

「はーい!」

かなでがマンゴーシェイクを飲み終わり、ついでにホワイトチョコレートを食べ終わってから、三人は大地の家へと向かった。

 

「うわあ、大地先輩のおうちって大豪邸だったんだ~」

無事大地の屋敷へと到着したかなでは、大豪邸にはしゃいでいた。
プールつきの豪邸なんて初めて。

「小日向さん、遊びにきたんじゃないんだよ?もう、仕方ないな」

「いいんだよ、ひなちゃん。まだあいつがくるまで時間はある。よかったら家の中を案内しようか」

「…榊くん。小日向さんを甘やかさないでくれないかな」

「おやおや、助手さんはさすがに厳しいな。だが、いつもそんな風に言っていたら、ひなちゃんだって息が詰まってしまうよ」

「だいたい、小日向さんに厳しくするのも甘くするのも僕の役目だよ。いち依頼人は余計な口出ししないでおとなしく大怪盗に震えていてくれないかな」

「大地せんぱーい!モモはー?」

かなでは庭を見回して言った。

「えっ、モモ?モモは両親と一緒に避難させているよ」

「えっ、そうなの?残念、触りたかったのにな~…」

「珍しいね、ひなちゃん。いつも俺がモモを散歩していると、怖がって逃げてしまうのに」

大地はくすくすと笑った。

「えっ?逃げる?なんで?あんなに可愛い柴犬なのに」

「………柴犬?」

「小日向さん、榊くんの家の犬はドーベルマンだよ」

「ど…ドーベルマン?!」

この、奇妙な世界。
大地のペットまで、探偵小説仕様に変わってしまっているらしい…

「そ…そうなんだ。ならいいや…」

「とりあえず中に入ろうか。さ、どうぞ」

 

広いリビングに通され、かなでと天宮はソファーに座った。
天宮は早速資料を取り出し、榊家の見取り図を確認している。

「…大地くん、お願いしていた防犯カメラの設置は完了しているかい?」

「ああ。指定の場所に取り付けたよ。守衛室から見ることができる」

「しゅ、守衛室なんてあるの?!」

「おや、言ってなかったかな。うちは無駄に広いからね、普段から警備員を雇っているんだよ。でも、今夜は一人もいない。彼らにまでなんらかの被害が及んだら、申し訳ないからね」

「…自分がなんらかの被害を被っても主人を守るのが警備員の仕事だけどね。金持ちの道楽は理解できないことが多いな」

「そういうこと言わないの。…で、午前1時に、私たちは何をすればいいの?」

大怪盗―――
そんな人物に、たった三人で太刀打ちできるのだろうか?

「僕は、とりあえず守衛室でカメラを見ながら侵入者がいないか見張るよ。それで、小日向さんは…」

「ひなちゃんは、トキが侵入してきそうなところを推理して。俺は、そこでトキを待ち伏せるよ」

「えっ?!でも、依頼人を大怪盗と直接対決させるわけには」

「小日向さん、本人がそう言っているんだしいいんじゃないかな」

「………。そうだな、少し心細いかもしれない。ひなちゃん、一緒に来てくれるかい?大丈夫、君のことは俺が守るよ」

「………うちの所長を危険な目に遭わせるつもりかい?」

天宮と大地、二人の間に火花が散る。
どうもこの二人、とことん相性が悪いらしい。

「ちょ、ちょっと。大地先輩は依頼人でしょう?依頼人を危険な目に遭わせるわけにはいかないんじゃない?そうだ、私が一人で行って、大地先輩は天宮くんと守衛室に行けばいいんじゃないかな?」

「なっ…。ひなちゃんにそんなことさせられないよ!もし大怪盗とはち合わせたらどうするつもりだい?!」

「そうだよ、小日向さん!君が榊くんの代わりに犠牲になることはない!」

「………」

なんだかいろいろ間違ってきてない?
かなではまた言い争いを始める二人に呆れつつ、黙って彼らを見守っていた。

 

時刻は0時50分。
結局、大地がかなでから目を離さない、半径30センチの距離を保つという条件で、大地とかなでが見回りにいくということに決まった。

大地とかなではトランシーバーで天宮と連絡を取りながら進む。
大地が責任をもってトランシーバーを管理すること。
もし何かあったら、天宮もすぐにその場所にかけつけること。

手洗いに行っていた大地が、部屋に戻ってきて、言った。

「じゃあそろそろ見回りにいこうか。ひなちゃん、準備はいい?」

「うん!OKだよ!」

「じゃあ、僕は守衛室に向かうよ。二人とも、無茶はしないように」

天宮は少々納得いかない顔で守衛室に向かった。

 

大地とかなでは、ゆっくりと屋敷内を歩いていた。

「ひなちゃん、トキはどこから侵入すると思う?一応、外から入れる場所は全部鍵をかけたんだけど」

「うーん…。でも、大怪盗ってくらいだから、鍵なんか簡単に開けちゃうんじゃない?」

「それをいったらどこも危険ということだね…」

「あえていえば…。そういう人って、窓とか裏口とか、煙突とか、そんなところから?!ってところから入ってくるじゃない。その裏をかいて、玄関から堂々と入ってくるとか…」

「ははっ、ありえない話じゃないかもしれないね。じゃあ、玄関でも見にいってみるかい?」

二人は玄関へ行ってみることにした。

 

「…誰もいないね」

「ここで堂々と入ってきてはち合わせてしまうのも困るけどね。…ん?」

大地は玄関の鍵を凝視している。
そして、ドアノブを握ると―――

「…開いた」

「えっ?!じゃ、じゃあ、まさか…!」

「…トキは、既に家の中に入ってきているようだね」

かなでは絶句した。
大怪盗は、こうも簡単に榊宅に入り込んだというのか。
同時に、恐怖に襲われる。

「ひなちゃん、大丈夫かい」

「………」

「怖いだろう、だけど心配しないで。君は俺が守るから、大丈夫」

大地はかなでの手を取った。

『榊くん、小日向さんとは半径30センチ以内に近寄らないという約束だったよね』

キ―――――ン!
大地のトランシーバーから大きな声が聞こえた。

「っ…、あいつ、トランシーバーの音量を最大にしていたな。これじゃ、万が一トキが近くにいたら俺たちの作戦を聞かれてしまうじゃないか」

大地はうんざりした顔で音量を下げる。

「…天宮。どうやらトキは既に家の中に侵入していたみたいだよ」

『えっ?カメラには君ら二人しか映っていないけど?』

「玄関の鍵があいていた。…おそらく、防犯カメラの死角をぬって移動しているんじゃないか」

『………。わかった。気をつけて。万が一、小日向さんに何かあったら…わかるよね?』

通信は途絶えた。

「…さて。どうしようか、ひなちゃん。もしかしたら、守衛室で天宮といた方が安全かもしれないよ?」

「で、でも。依頼人の大地先輩を危険にさらすわけにはいかないもん!私も一緒にいる!」

「ひなちゃん…」

大地はかなでの手を取り、その体を廊下の隅へと引き寄せた。

「大地先輩…?」

「ここは、防犯カメラには映らないんだ」

いたずらっ子のように笑い、ウインクすると、かなでを腕の中に閉じ込めた。

「…いちいち天宮に見張られているのはシャクだからね。こんなふうに、君の近くにもいられない」

「っ…大地…先輩…」

かなでは赤くなって慌てた。
大地はかなでの目をじっと見つめる。

「…ひなちゃん」

「だ、大地先輩…」

大地の顔が近づき、かなでが思わず目を閉じると―――

 

「………妬けるな」

 

「…えっ」

「じゃあひなちゃん、まずは近くの部屋から見ていこうか」

「あっ」

大地は廊下の先にある部屋にスタスタと歩いていくと、扉を開けて中に入った。

「(今の…言葉の意味は…?)だ、大地先輩、待って!」

大地は半開きのドアから手だけ出して、おいでおいでをしている。

「こっちだよ、早く早く」

「う、うん!」

かなでは慌てて部屋の中に入った。

 

「…ここは?」

「ここは、ゲストルームだよ。お客様が来た時は、ここに泊まってもらうんだ」

「へえ…お客様専用の部屋まであるんだ…」

カチッ

かなでが物珍しげに部屋を見渡していると、鍵をしめたような音が聞こえた。
ドアの方からだ。

「………?大地先輩…?」

大地はドアに鍵をしめたようだ。
………なぜ?

「ひなちゃんは、俺を心から信頼してくれているんだね」

「え…、な、なに…?」

つかつかとかなでに近づいてくる大地。
本能が、“怖い”と告げていた。

「………ほんま、妬けるわぁ。でも、あんまり人を信じすぎてもあかんで?そこを、逆手に取られるからな―――」

「………!」

大地の声じゃ、ない。
大地…であった人物は、
一瞬で顔のマスクと服を取り去り、
―――大怪盗・トキへと変貌した。

「お初にお目にかかります―――名探偵・小日向かなでさん。会えて嬉しいわ。大怪盗・土岐蓬生と申します」

大怪盗トキは妖艶な笑みをたたえて、モノクルをきらめかせた。
その優雅な身のこなしでお辞儀をすると、かなでの顔を覗き込むように微笑む。

「………!ほっ…ほほほほほ蓬生さんッ?!」

「…へ?あんた、俺のこと知っとう」

きょとんとしているトキ。

「も…もう!蓬生さん!物盗りなんかしたらだめでしょ!大地先輩迷惑してたよ!もうやめて下さい!」

「………。ふふっ。大怪盗相手に物おじせんお嬢さんや。でも、他の男の名前出したらあかんで?」

「っ!」

トキはかなでの手を取り、甲にキスを落とした。

「だ…だいたい、いつ大地先輩と入れ代わったんですか!声だって…」

「俺は大怪盗やで?声帯模写くらいお手のもんや。あんたがリビング出たとこから、俺が化けてたっちゅうわけ。…榊くんも用心ナシや。トイレ行く言うて、一人になってまうんやもの」

トイレ…?
ああっ?!とかなでは叫んだ。
確かに、大地は少しの間だけ一人になっていた。
まさか、あんな少しの時間で入れ代わってしまうなんて…

「だ、大地先輩は?!まさか…」

「殺しまではしとらんよ。ちょいちょいと縛って、トイレに閉じ込めてきたわ」

「なっ…。なんてことするんですか!」

「おお、怖い怖い。でもあんた、怒った顔を可愛いな。…おっと、そろそろ時間やな」

トキは懐から懐中時計を取り出して言った。

「今夜1時、榊くんの大事なものを頂きに参上する…。どうやら、作戦は無事完了みたいやね」

「な、何を盗むつもりなんですか!私が来たからにはっ、そんなことさせませんから!」

「いややわあ、あんたが来たからこそ作戦完了なんやで?俺が頂きにきたんは、………あんたやもの」

「はあ?!」

じり、とトキは間合いを詰めてくる。

「榊くんがあんたのこと、大事に思っとんのは知っとう。そろそろガラクタ頂いていやがらせすんのも飽きてきたからな、ちょうどええ思て」

「そ、そんな!私は物じゃない!」

「『大事な者』やで?ほな、行きましょか。あんたさらって、広い世界を見せたるわ」

「そこまでだ!」

その時、ドア近くの天井が外れて、天宮が飛び下りてきた。
続けて、大地も下りてくる。

「大怪盗トキ。部屋に鍵をかけて小日向さんと二人きりになるつもりだったんだろうけど、少々考えが足りなかったようだね。部屋で二人きりになるということは、君自身も閉じ込められるという意味だ」

天宮は銃を構えながら言った。

「…あらら。ちょいとおしゃべりが過ぎたみたいやな。で?大地くん、ご機嫌はいかが?」

「…最悪だよ。一体何を嗅がせたんだ、まだ頭がガンガンする…」

大地は頭を押さえて俯いている。

「小日向さんから離れて両手をあげろ」

「いけずやなぁ、天宮くん。どないしてここに俺らがおることわかったん」

「…偽者の榊くんと小日向さんの姿が、玄関近くの死角に入ってしばらくたっても、どのカメラにも映らなかったものだからね。ま、決定打は、トランシーバーの電源がいきなり切れたことだけど。さすがにおかしいと思って付近の部屋を探し回ったんだ。すると、この部屋から声が聞こえた」

「正面から入るよりは別のルートで攻めた方がいいって考えたらしくてね。それで、トイレに閉じ込められていた俺を見つけてもらって、俺は天井裏のルートを教えたってわけさ」

こんな短い間にそこまでのことをやってのけた天宮に、かなでは尊敬の眼差しを送る。

「…ふーん。あんた、全然探偵しとらんね」

「うっ…」

土岐は横目でかなでを見てニヤニヤしている。

「ま、犯人おびき出すんも探偵の仕事や。…で?なんやったっけ?」

トキはおどけて肩をいからせる。
天宮はにっこりと笑って、―――銃の引き金を引いた。

バキュン!

「きゃあっ!」

かなでは頭を抱えてしゃがみこんだ。
土岐は………?

「ちょお、危ないやろ。一張羅のマントに穴開いてもうたやん」

土岐は無事だった。顔色ひとつ変えずに口を尖らせている。
ただ、黒いマントの端に穴が開き、焦げ臭い煙を上げている。

「にっこり笑うて引き金引けるなんて、あんた『ええ』助手雇っとるやん」

茶化すようにかなでに囁くが、彼女はぶるぶると震えたまま。

「天宮く~ん、なんの躊躇いもなく引き金引ける度胸は認めたるけど、如何せん腕はようないみたいやな」

「今のは威嚇射撃だ。次は外さないよ?」

天宮は笑顔を崩さぬまま銃を構えている。

「天宮、俺の家にこれ以上穴を開けるのはやめてくれ」

「トキが小日向さんをこちらに渡せばやめるさ。トキ、小日向さんをこちらに」

「仕方ないなあ」

ようやく立ち上がったかなでの背をぽん、と押す土岐。

天宮や大地が、かなでを受け止めようとした瞬間―――

「………なーんてな」

「キャッ!」

目にも止まらぬ早業で、かなでの体は土岐に抱きすくめられてしまった。
そして、かなでのこめかみの横にあてられた、冷たいもの。
かちり、という金属音。

「―――――!」

「残念でした。俺も銃くらい持っとるに決まっとう」

銃を突き付けられたかなでを見て、天宮と大地の動きが止まった。

「ほ…蓬生さんっ…」

かなでは青ざめ、涙目で土岐を見上げた。

「ごめんなあ、探偵さん、怖い思いさせて。でも、あの二人が悪いんやで?」

「トキっ………」

「卑怯な真似はやめろ!ひなちゃんを離せ!」

「天宮くん、銃捨て。ほな」

「くっ…」

かしゃん、と天宮が床に銃を放る。

「よしよし。…ほな」

土岐が引き金に指をかけ、そして―――

「やめろっ………!」

「っ………!」

「(いやっ…!助けて…!)」

 

ポン!

 

「探偵さんに傷負わせるわけないやろ。俺は、探偵さんに惚れてもうたんやもの」

…土岐の銃口から飛び出したのは、弾丸ではなく造花。
一同が呆気に取られていると、土岐は懐から何かを取り出して部屋の隅に放った。

もくもくもく…

「しまった!煙幕か!」

天宮と大地は、煙をかきわけて二人の姿を探した。
…いない。

「ドアがっ…開いている」

「外に出たのか!榊くん、追うよ!」

二人は廊下に飛び出していった。

 

「………ふー」

二人が部屋から出てしばらくたった頃、土岐はクローゼットの中から顔を出した。

「…よっこらしょ。ごほごほ、やっぱり安物の煙玉はあかんね。臭くてしゃあないわ」

…土岐は、部屋の外へは逃げていなかった。
クローゼットの中へ身を隠しただけ。
部屋のドアが開いていたなら、外へ逃げたに決まっている―――そこを逆手にとったのだ。

かなではというと、本当に銃で撃たれたと思ったらしく、あの時気絶してしまったようだ。
ぐったりしたかなでを抱え、床に寝かせる。

「ごめんなあ、怖い思いさせて。でもな、俺、あんたを盗みたくて仕方なかったんや」

最初は、この街一番の金持ちで、医者の一人息子である大地が気に食わず、インネンをつけてちょっとしたいやがらせをしていただけだったのだが…

彼の周りを偵察しているうちに、かなでの存在を知り、どうしても自分のものにしたくなった。
一目惚れ、というやつだろうか。大怪盗たる人物が、聞いて呆れる。

「よくよく調べたらな、あんたの助手もあんたを好いとるみたいやし。…なんならさらってまおう、て思ったんよ」

かなでの頬を撫で、囁く。

「俺のプリンセス。今宵から、貴女は俺のもんや。さて、誓いのキスを」

土岐はかなでの唇にキスを落とそうと、身を屈めた。

 

カチャリ

 

「……………」

土岐はうんざりした顔で両手をあげる。

「はあ。誓いのキスを邪魔するなんて、あんたら馬に蹴られて死んでまうで。無粋もええとこや」

くるりと振り返ると、そこには笑顔でこめかみに青筋を浮かべ、土岐に銃を突き付けた二人が。

「ねえ榊くん、やっちゃおうよ。もうやっちゃっていいでしょ」

「…そうだね。馬に蹴られる前にやってしまおうか」

「ちょお、勘弁してや。無抵抗の人間撃ち殺したなんて探偵さんが知ったら、あんたら嫌われてまうよ?」

土岐は掲げた両手をひらひらと振る。

…天宮も大地も、守衛室に寄って、すぐこの部屋へと戻ってきたのだった。

 

「ほんま、堪忍してや~」

30分後、大怪盗・トキは警察に連行されていった。
やがてかなでも意識を取り戻した。

「…なにはともあれ、一件落着かな」

天宮は警察の事情聴取を終え、かなでのもとに戻ってきた。

「あ…天宮くん。………」

「怖かったね。まったく、トキの狙いが君だったなんて」

「………(怖かったのはどちらかというと天宮くんなんだけど…)あ、大地先輩は?」

「榊くん?ご家族を呼び戻しに行ってるよ。すぐには帰ってこないんじゃないかな。僕らは早く事務所に戻ろう。…依頼料の計算もしなきゃいけないしね」

かなでは天宮に連れられて事務所に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは」

「あっ!大地先輩!」

翌日。
天宮が買い出しにいっている最中、大地が事務所を尋ねてきた。

「昨日はお礼も言えずに現場を離れてしまってごめんね。これは差し入れ」

大地は近所のケーキ屋の箱を差し出した。

「わあ、ありがとう!………大地先輩は、本物の大地先輩だよね?」

「えっ?そうだけど?…ああ、そうか。トキに騙されたから、不安なんだね」

「う、うん。だって、本当に本物の大地先輩と変わらなかったんだもん…」

「大丈夫、俺は本物だよ。トキは今頃牢屋の中さ」

「そ、そうだよね!」

そうだった、とかなでは胸を撫で下ろした。

「ひなちゃん、今回は本当にありがとう。怖い目に遭わせてしまって、ごめんよ」

「う、ううん!…私は、何もしてないもん。天宮くんと大地先輩で解決したようなものだし…。もっと役に立ちたかった。それに…蓬生さんがあんなことをした原因は、私にあるみたいだし…」

しょんぼりするかなで。
大地はかなでの隣に座って、彼女の頭を撫でた。

「何を言っているんだい、ひなちゃん。君は俺のためにと危険な仕事をやり遂げてくれたんじゃないか。君が俺のことを考えてくれたことだけで、俺は満足だよ」

「でも…」

「しかし、トキの目論見には恐れいったよ。大事なもの、か…。俺の本当に大事なものがなんなのか、知られてしまったのは少し厄介だな」

「え?」

大地はかなでの目をまっすぐに見つめて言った。

「俺の大事なものはたくさんあるけれど、その中でも一番大事なのは君だよ、ひなちゃん」

「………!」

大地の手がかなでの頬に触れ、そして―――

「助手の不在に事務所に入り込むとは感心しないなぁ、榊くん」

天宮が帰ってきた。

「………」

いそいそと距離をとる二人。

「事件は解決した。もう用はないはずだろう、榊くん。何をしに来たのかな」

「ちょっと、鬼のいぬ間に洗濯をしに、ね。それに今日は依頼人として彼女に会いにきたんじゃない、いち友人として遊びにきただけだよ」

「どうでもいいから、依頼料だけ払ってとっとと帰ってくれないかな」

またいがみ合いが始まった。
かなではため息をつきながら窓の外を見遣る。

「………。………?!」

窓の外には―――

「(小日向ちゃん、大声あげんでな)」

しー、と唇に人差し指をあてて。
トキは小声でそう言った。

「(こ…ここ、3階なのにっ!)」

「(恋は、障壁が高ければ高いほど燃えるもんなんやで。…あんたに会いとうなって、ブタ箱飛び出してきてもうた)」

かなでは唖然としてかたまってしまった。
…後ろではようやくいがみ合いがおさまり、天宮が新聞を片手に声を上げていた。

「大怪盗・トキ…看守の隙をついて脱獄………?!」

「なんだって?!」

土岐は窓越しのかなでに声をひそめて言った。

「(ほんまの大怪盗は、あんたやで。この大怪盗トキのハートを盗んでもうたんやからな)」

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ」

喫茶店の会計を済ませた天宮たちが、ロビーのソファーで待っていたかなでのもとへ戻ってきた。

かなでは、ソファーの背にもたれて寝ている。

「はは、寝ちゃったのか。お腹いっぱい食べたからかな」

「…こんな短い間に寝てまうなんて、一発芸になるんちゃう?」

「みんなー…やめて…」

かなでが寝言を漏らす。

「…一体どんな夢を見ているんだろうね」

「…なんだか、困っていないか?」

「案外、夢の中でも俺らが小日向ちゃんの取り合いしてたりしてな」

くすくすと土岐が笑う。

「なんだか起こすのが忍びないな。よし、俺がだっこしてひなちゃんを運ぶよ」

「…何を言っているんだい、榊くん。そんなことをして小日向さんに触ろうだなんて。…僕が運ぶよ」

「ちょお、天宮くんは引っ込んどってくれん?あんたが小日向ちゃん運べるわけないやろ。ここは体格のいい俺が」

「君は背ばっかりで筋肉がないだろう、ここは俺に任せてくれないかな」

ぎゃあぎゃあと小競り合いを始める三人。

「……………」

かなでが目を覚ましてしまった。

「小日向さん…」

かなでは目の前の三人をぼけっと見回した。まだ寝ぼけているらしい。
そして…

にこお、と極上の笑顔を見せる。

「………」

「………」

「………」

黙り込み、かなでの笑顔に見とれる三人。

「…どうしたの?三人とも。もう帰る時間じゃない?」

「(敵わないな、小日向さんには…)」

「(その笑顔はずるいよ、ひなちゃん…)」

「(そない顔見せられたら、恋敵のことなんてどうでもよくなってまうやん)」

男衆の心中などいざ知らず。
かなでは、面白い夢だったなー、と満足げに伸びをした。

END