Housekeepers




「お招きありがとうございます!」

神南メンバーから神戸に招待された、星奏メンバーと至誠館メンバー。
彼らは、東金の屋敷へと招かれていた。

…事前には聞いていたが…。

ものすごいセレブだ。
今だって、敷地内にいくつもある屋敷の中のひとつ、使っていない屋敷に、全員が詰め込まれている。

詰め込まれている…というのは間違いかもしれない。
だって、菩提樹寮に匹敵する大きさなのだから。

星奏メンバーは若干引き気味で、至誠館メンバーはすごいすごいと言いながら辺りを見渡している。

それから…

六甲山のホテルで演奏会を終わらせ次第、天音メンバーもここへ来るらしい。

『どうだ、冥加。お前たちも俺の屋敷に泊まらせてやってもいいぜ』

『フン。俺たちは六甲山のホテルに滞在している。なぜわざわざ貴様の家に行かねばならん』

『あのっ、東金さんのお家はものすごーく広いんですよね!それに、小日向さんたちも泊まられるそうですし…いいなぁ』

『…ほう。そっちの少年はわかってるみてぇじゃねぇか。そんな話、誰から聞いた』

『ハルと新です!星奏学院の寮を一夜のうちに改装しちゃったバ金持ちだ、って!』

『………』

『へえ、面白そうじゃないか。いいね、冥加、招かれてみようよ』

『バカを言え。大体、今夜はホテルの演奏会に出演せねばなるまい』

『終わったら行けばいいさ。…それとも冥加、もしかして自分より金持ちの家には行きたくないのかい?』

『なんだと…?まるで俺が妙にプライドの高い貧乏だとでもいうような口ぶりだな』

『というわけで、僕たちもお邪魔するよ。よろしくね、東金くん』

…天音メンバーと東金のやり取りを思い出して、かなでは引き笑いした。
天音メンバーは9時過ぎに到着するらしい。

「部屋はそれぞれ割り振っておいたぜ。好きに使ってくれていい。それと、夕食は少し遅くなるが、天音の奴らが到着してから、9時半だ」

「そうか。わざわざ天音のメンバーを待ってから夕食を取るのか」

「…なんだ、如月。腹減ってんのか?夕食は全員揃うまで待つ、それが礼儀というものだろう」

かなでは「このシャンデリア、地震の時は危なそうだなー」なんて思いながら天井を眺めていた。

「風呂は大浴場とそれぞれの部屋のユニットバス、どちらでも好きな方を使え。…ま、伝えておくことはこれくらいだな。では皆の衆、どうぞ寛いでくれ」

ざわ…ざわ…

東金が締めて、一同は好きずきに散った。

かなでも、早速部屋に荷物を置きに行こう、とリビングを出ようとした。

「おい、ちょっと待て」

襟首を掴まれる。

「はい?」

「お前には別件で頼みたいことがある。ちょっとこっちに来い」

 

キッチンに連れていかれて、かなでの目の前に並べられたものは…

三角巾。マスク。ゴム手袋。エプロン。

「あの、ちょっとお腹痛いんで保健室行ってきます」

「待て。…お前には、滞在中ハウスキーパーをやってもらおうと思ってな」

唇に手をやり、にやにやと笑う東金。

「…意味がわかりません」

「今日は男所帯だからな。女のお前は貴重な存在だ。なに、男女差別をしているわけじゃない。こういうのは、女にやってもらった方がはかどるだろう?」

「いや…その…なんていうか…。なんで掃除のおばさんルックなんですか?こういう場合、せめてメイド服でしょ。『お帰りなさいませご主人様~』なんて、いくらでもやってあげますよ。ていうか東金さんてそういうのやらせたいキャラでしょ?」

「メイドなど可愛いだけでなんの生産性もないだろう。俺は合理主義だからな、この方が作業ははかどる。それに、俺は流行には乗らないタチだ」

陶芸教室で見た未確認器物を思い出して、かなではなんとなく納得した。

「私だってお客様なのに…」

「なあに、全てお前一人でやれなんて言うほど俺だって鬼じゃない。その道のエキスパートと一緒にやってもらう。…芹沢」

「…その道のエキスパートです」

芹沢は既に掃除のおばさんルックに着替えて登場した。
マスクから覗く目はどことなく不機嫌そうに見えるが、大体いつも不機嫌そうなので真意はよくわからない。

「ハウスキーパー検定一級の取得を目指して一緒に頑張りましょう、地味子さん」

「そういうわけだ。…じゃあ小間使い、頼んだぞ」

東金は後ろ手をひらひらさせながら去っていった。

「………」

「そうと決まればまずは着替えです、地味子さん、部屋に荷物を置いて、ついでに着替えてきて下さい」

「はあ…」

「最初に言っておきます。菩提樹寮に滞在していた時はこちらがアウェーでしたが、今回は神南のホームです。厳しく指導させてもらいますよ」

「はーい」

「3分で戻ってきて下さいね。遅刻は厳禁です。着替えの時間は時給に含まれませんよ」

「はーい」

適当に返事をして、掃除のおばさんセットと荷物を引きずり、かなでは自分に宛がわれた部屋に向かった。
芹沢さんのくせにうるさい、と心の内で毒づきながら。

 

「地味子さん、遅いです。2分の遅刻ですよ」

「トイレに行ってましたー」

「トイレにしても遅すぎます。5分ですよ、5分」

「うんちのキレが悪かったんですー」

「それなら仕方ありませんね。あとでコーラックを処方しましょう」

部屋は広かった。ベッドも大きい。
かなでが好きな可愛らしいビンなどが飾られていて、そういうものを眺めて楽しく過ごしたかったのに、なぜハウスキーパーなんかやらにゃいかんのだ。

かなでは完全にやさぐれていた。

「まずは屋敷内の掃除です。9時には夕食を作らなければなりませんから、すみずみまでやらなくてもよしとします。とりあえず、個人の部屋を掃除しに行きましょう」

「えっ?もう部屋に人がいるのに掃除しに行くんですか?それ、かなり迷惑なんじゃ…」

「迷惑をかけにいくに決まっているでしょう。…俺がこんな格好でハウスキーパーをやらされているというのに、ぬくぬく楽しんでいるなんてシャクに触ります」

「………え?」

もしや、これは。
ハウスキーパーの皮を被った、リベンジャー・芹沢の復讐劇なのか…?!

かなでは俄然わくわくしてきた。
ちょっと面白そう!

「では、まず3階の星奏学院ご一行様の部屋から掃除しましょう。行きますよ、地味子さん」

「ていうかさっきから突っ込もうとは思ってたんですけどなんでナチュラルに地味子さんとか呼んでるんですか」

掃除用具を持ってスタスタと先を行く芹沢を、かなではおいコラ聞けよと言いながら追いかけた。

 

「…おや、廊下に誰かいますね」

律と響也だ。
廊下で何か話している。

「………ん?あれ?!かなでに…芹沢か?!」

響也がいち早く気づいて、二人を指さして笑った。

「なんだよそのカッコ!ぶははは!」

「…大方、東金にでもやらされているのだろう」

「ぎゃはははは!マジうけんだけど!似合わねー!」

「(こんなの似合う方がいやだっつーの!ここぞとばかりに笑いやがってチクショー)」

「(全文同意です、地味子さん)」

かなでと芹沢はひそひそと話した。

「…いや。俺は、可愛いと思うぞ。小日向の、その格好」

「え…?」

律がキラキラエフェクトをしょってそう言った。
かなでは思わず、期待に胸を膨らませる。

 

「………故郷のヨネばあさんを思い出す」

 

ガーン!

お約束すぎて、言葉も出ない。
芹沢は目をそらして笑いを堪えている。

「ヨネばあさんて、いつもたばこ屋の前掃除してたヨネばあさんか?!うははは!確かに似てる!」

「ヨネばあさんは道端でよく居眠りをしていたからな。そんなところもそっくりだ」

「元気かな、ヨネばあさん…」

「…あの、望郷の想いを語られている最中に恐縮ですが…。部屋を掃除させて頂いてよろしいでしょうか」

「は?!俺らの?!」

「今からか?」

「なに、ゴミ捨てをする程度です。すぐすみますから」

「………。余計なもんに触るなよ」

「わかった、よろしく頼む。響也、邪魔になるだろうから、俺たちはリビングに下りよう」

「…わかった」

二人は1階へと下りていった。

「…では地味子さん。やりましょう」

「了解でーす」

 

如月響也の部屋―――

「…どうして部屋に入ってものの10分でここまで汚せるんでしょう」

響也の部屋は、既に散らかっていた。
荷物の中身が爆発でも起こして、方々に散らばったとしか思えない。

「とりあえず、ゴミだけ集めてあとは荷物漁りでもしましょう。いいですか、元あった場所にきっちりと戻すことがポイントですよ」

「了解ー」

「まずは日記帳を探しましょう」

芹沢は適当にゴミを袋にぶち込むと、早々に部屋を漁りはじめた。

「え~?面倒臭がり屋の響也が日記なんかつけてるはずありませんよ」

「………。これは…?」

芹沢がハードカバーの冊子を見つけた。

「えっ?!そんな、まさか?!」

「表紙に大きくマル秘が書かれていますね。…見ろと言っているようなものです」

「そんな…まさか…響也が?!」

「…日記帳ではないようです」

芹沢は冊子をペラペラとめくりながら言った。

「これは…。詩集ですね」

「………詩集?!」

 

題名:俺ってヤツは!

こんなにぶっきらぼうな俺だけど
本当は熱い魂の持ち主なんだぜ
好きな言葉は友情・努力・勝利!
本当だぜ

だけどちょっぴり傷つきやすいんだ
若さってヤツは憎いぜ
16の夜にジュテーム…

 

「「ぶはははははは!」」

「何これ!何これ?!バカすぎる!」

二人は涙を流して笑った。

「16の夜にジュテーム…わけがわかりませんね」

「もっと見てみましょう!!!」

 

題名:魔王に捧げる鎮魂歌(レクイエム)

あいつとの出会いは楽器店だった
あいつはいきなり俺に殴りかかってきたんだ

でもそこは俺
得意の空手で返り討ちにしてやったさ

地に沈む魔王
見下ろす俺

泣きながら謝ってきたから
心の広い俺はこう言ってやったんだ

もうやんちゃすんなよ………って

 

「めっちゃ根に持ってる―――ッ!!!」

「なんの話ですか?」

「天音の人。ていうか過去の改竄ひどすぎんだけど!鎮魂歌にわざわざふりがなふってんだけど!」

「…とにかくこの詩集は収穫でしたね」

「あっ、そうだ!」

かなでは窓に向かった。

「何をしているんです?」

「なんか、窓ちょっと汚れてるみたいだから。…こうして」

“16の夜にやんちゃすんなよ…”

かなでは窓に指でそう書いた。

「なるほど、置き土産ですか。地味子さんもなかなか性格が悪い」

「さーて、これは元に戻して…。次は律くんの部屋に行きましょう」

二人はゴミ袋を抱えて響也の部屋を出た。

 

如月律の部屋―――

「さすが、如月さんの部屋はきれいにされていますね」

「さーて、日記帳はどこかな?」

「いえ、如月さんの日記を見つけたとしても、面白くないでしょう。どうせ部活の練習のことくらいしか書かれてないですし」

「…芹沢さん、律くんのことよくわかってるね…」

「おや?これは…」

机の上に、レターセットが置いてあった。
その傍らには、何通もの封筒。

全てファンシーな柄で、女の子からの手紙だとわかる。

「察するに、ラブレター…ですね。返事を書かれていたのでしょうか」

「神戸まで来て律儀にラブレターの返事書くなんて…律くんらしいというか…」

芹沢は、伏せてあった便箋を裏返した。

 

先日は手紙をありがとう。
いつも見つめていると書かれていたが、気づかなかった。すまない。何かおかしな点があったなら指摘してもらえると助かる。
好きなタイプだが、俺はよくシャープ製品を使っている。古いタイプでもシャープなら信用できる。
現在付き合っている人はいるかという質問だが、さきほど大地が楽器屋に行くというので付き合ってきた。

以上。

 

「以上。じゃねーよ!!!」

二人は大爆笑した。

「如月さん…。真性のボケなんですね…」

「うん…私もこんなひどいとは思わなかった…」

「このままではなんですから、俺が代わりに返事を書いて差し上げましょう」

 

俺は大地と付き合っているので、君の気持ちに応えることはできない。

以上。

 

「ちょ、芹沢さん!何書いてるんですか!ますます落ち込むでしょ相手!」

「いえ、この方が諦めがつくでしょう。封筒に入れて…と」

「あーあ…。律くんのことだから『いつの間にか仕上げていたか』なんて何も疑わずに相手に渡しちゃうよ…」

大地先輩が可哀相、とかなでは呟いた。

「では、あとは榊さんと水嶋くんの部屋ですね。行きましょう」

 

部屋を出た二人は、まず隣の大地の部屋に向かった。

「…あれ?鍵かかってるよ?」

「外には行かれてないと思うのですが…。リビングにいらっしゃるのでしょうか。榊さんの部屋は後回しですね」

「じゃあ、ハルくんの部屋」

更に隣のハルの部屋をノックするが、返事がない。

「ハルくん?入るよー?」

「…だめですね。水嶋くんも不在のようです」

ハルの部屋にも鍵がかかっている。
仕方ないので、二人の部屋は後回しにして、2階の至誠館メンバーの部屋に向かうことにした。

 

「本当、ホテルみたいですよね…東金さんのおうち」

「この屋敷は来客用のものだそうです」

「へえ…」

「あっ!かなでちゃーん!」

八木沢と火積、新はこぞって廊下に出て、何か話しているようだった。

「なになに?!なにそのカッコ!」

可愛い、とかなでを抱きしめようと駆け出した新の前に、火積が足を出す。

「ぎゃふん!…ひどいじゃないですかー、火積先輩!足ひっかけるなんて、怪我したらどうするんですー?!」

「………てめぇが変なことしようとすっからだろうが」

「ふ、二人とも…落ち着いて…」

「そうだぞ火積!女の子に気安く抱きつこうとする羨ましい輩は制裁すべし!」

「こらこら、ケンカはだめだっていつも言っているだろう、二人とも」

「…相変わらず暑苦しいですね」

「ま、まぁ仲いいよね…」

八木沢が前に出て言った。

「小日向さんに、芹沢くん。その格好は…お掃除ですか?」

「え、ええまあ。これからみなさんのお部屋を掃除させてもらいたいんですけど…」

「えっ!僕たちの部屋を…ですか?」

八木沢と火積は申し訳なさそうな顔をして、かなでと芹沢を見た。

「ただでさえ世話んなってんのに…部屋まで掃除させるわけにゃいかねぇ…」

「そうだね、火積。小日向さんたち、大丈夫です。自分の部屋の掃除くらい、自分たちで責任をもってやらせますから」

「えぇーっ?!せっかく掃除してくれるって言ってるんですしぃ、やってもらいましょうよぉ!それにー、かなでちゃんにオレの部屋掃除してもらえるなんてー、なんか奥さんもらったみたいで嬉しいしっ♪」

「…てめぇは少し遠慮ってもんを覚えろ」

「Ai!ふええん、また殴る~!」

勝手に盛り上がる至誠館メンバーを見て、芹沢が苦笑いした。

「いえ…。きちんと掃除させて頂けないと、部長に怒られますし。お気になさらないで下さい」

「千秋が…?そうなんですか…」

「…あんたも大変だな。だがよ、それじゃ俺たちの気がすまねぇ…。部屋はあんたたちに任せるが、他に俺たちができることはねぇのか…」

「あっ、じゃあ!」

かなではポン、と手を叩いた。

「ここの廊下の雑巾がけとかやってもらえません?5人ならすぐ終わりそうだし!」

「雑巾がけだと…。………任せろ」

「えぇ~…」

渋る新のお尻を蹴飛ばして、火積は言った。

「おめぇら!世話になってる神南の奴らに、恩返しするつもりで雑巾かけっぞ!」

火積たちはかなでたちのバケツを奪い取り、颯爽と水を汲みにいった。

「…無駄に時間がかかってしまいましたね。では地味子さん、行きましょうか」

 

八木沢雪広の部屋―――

「わあ…。律くんとはまた違う整理整頓ぶり…!」

八木沢の部屋はきれいに整理整頓されているのだが、なぜか昔からこの部屋を使っていたような落ち着きを感じる。

「八木沢雪広の穏やかな雰囲気がこの部屋にまで染み付いたとでもいうのだろうか…」

「地味子さん、やらせ臭いホラービデオのナレーションみたいなことしていないで、早く面白いものを見つけますよ」

「テレビの前のみなさんにもおわかりいただけるだろうか…」

芹沢は八木沢の鞄の中を覗き込んだ。

「おや?これは…」

取り出したのは、白玉粉の袋。

「あっ!もしかして八木沢さん、ここで和菓子作ってくれるつもりなのかな?!」

「………底の方に穴を開けておきましょう」

芹沢は机からはさみを取ると、白玉粉の袋に穴を開けようとした。
それを見て、かなでが慌てて止めに入る。

「だだだだめだよう!な、なんかそんなのいじめみたい!」

「…地味子さん、如月さんたちの部屋で散々面白がっていながら何を言っているんです」

「だめだもん!…白玉だんご、食べたいし…」

「………」

芹沢は苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、おとなしく白玉粉の袋を鞄に戻した。

「…つまらない方ですね、あなたは。そんなんだからいつまでたっても地味子なんですよ」

「地味子のままでいいと笑う」

「あ、今パリーンしましたよ。恋愛不可ですよ。ざまあみろ」

「芹沢さんだって私に負けず劣らず地味なくせに!サブキャラはもともと恋愛不可だっつーの!やーいやーいエキストラ!」

「なんやと…ワレほんまに俺怒らしたで…」

 

ケンカすること正味3分。
が、いつまでたってもこんなことをしていては至誠館メンバーが戻ってきてしまう。

二人は互いの足を踏み付け合いながら八木沢の部屋を出た。

「…次は火積くんの部屋ですね」

「予測不能だなぁ、火積くんのお部屋。チャカとかあったらどうしよう!」

「まさか。あっても金属バット止まりですよ。…さあ、行きましょう」

 

火積司郎の部屋―――

「意外にきれいだなぁ」

火積の部屋は、なかなかきれいに片付けられていた。
学ランもきちんとハンガーにかけているところが好感を持てる。

「地味子さん、実は…。俺は、火積くんのことは嫌いではないのです」

「へ?…まあ、嫌う理由はないよね…そんな関わったわけでもないみたいだし」

「いえ、実を言うと俺は、今日この屋敷に泊まっている人たちは、だいたい嫌いなんです」

「だいたい嫌いって何?!」

「ですが、火積くんは唯一俺に同情してくれた男気溢れる人物です。よって、俺はこの部屋はあまりいじりたくない」

「………。とか言いながら芹沢さん、火積くんの部屋にいたずらして報復されるのが怖いだけなんじゃ…」

「………(ギクリ)」

「やっぱり。…さーて、何か面白いものはないかなー♪」

「じ、地味子さん!血の雨が降りますよ!」

「えーっとぉ…。あっ!なんだろ、これ!」

ベッドの下を覗き込んだかなでは、厳重にカバーがかけられた本を発見した。

「あわわわわ…」

「なんだろう、これ?日記帳かな?詩集かな?エロ本かな?」

青ざめる芹沢を気にもとめず、かなでは本を開けた。

「………」

かなでは何も言わない。

「地味子さん…一体なんだったんですか…デスノートですか…完全殺人マニュアルですか…」

「………ううん」

その本は、

“かわいい動物の赤ちゃん大集合!~寝顔編~”

だった。

「わあ、可愛い!火積くん、動物好きなんだ~♪」

「………カバーまでしてベッドの下に隠すほどの本ではないでしょうに。まぎらわしい」

「そうだ!菩提樹寮の猫ちゃんが寝てるところの写真、持ってるんだった!」

かなではエプロンの下、制服の内ポケットから手帳を取り出した。

「これを挟んどいてあげよう」

「優しいですね、小日向さん…」

「芹沢の恋の音を手に入れました」

 

二人は火積の部屋を出て、新の部屋の前に来ていた。

「…ある意味、彼もまた予測不能ですね」

「そうですね。あのままなのか、ギャップ萌えなのか…。では、いざ!」

 

水嶋新の部屋―――

「うわあ!もうそのまんまだァ☆」

部屋はぐちゃぐちゃ。
あんな短時間で、それこそどうやってここまで汚くしたか教えてほしいくらいだ。
響也の部屋より汚い。

「…なんのひねりもなく卑猥な本が…」

目に見える場所に、彼はまだ買ってはいけないはずの本が置いてある。

「へえ、エロ本ってこんなんなってるんだー。袋とじ破いちゃえ」

「そもそも、水嶋くんは地味子さんに部屋を掃除してほしがっていましたよね。こんな有様にしておいてよくもまあ…」

「あれ?このページ、なんかで貼りついてる…なんだろう?」

「地味子さん、そこは開いてはいけません。ちなみに匂いを嗅いでもいけません」

好みの本なら頂戴しようかとも思ったが、使用済みならいらない。
芹沢はさっさと部屋を出ようとした。
…が。

いいことを思いついた。

「地味子さん、次は星奏学院のお二人の部屋に戻ってみようと思ったのですが…」

「あっ、はい。もしかしたら二人とも戻ってきてるかもしれませんよね」

「その本…。星奏の水嶋くんの部屋に置いてきませんか」

「………!ナイスアイデア!」

 

というわけで、二人は3階に戻ってきた。
ハルの部屋のドアをノックすると、中から返事が聞こえた。

「はい。…小日向先輩に芹沢さん。どうなさったんですか、その格好」

「お掃除にきたのー♪」

「部長命令で、みなさんのお部屋を掃除しているんです」

二人はにこにこと胡散臭い笑みを浮かべている。

「ええっ、そんなことに?…まったく、うちの1stをこんな風にこき使うだなんて、東金さんは一体何を考えているんですか!」

「まあまあまあ…。いいの、私もみんなの役に立てるなら嬉しいから」

「小日向先輩…」

ハルはかなでに尊敬の眼差しを向け、一礼した。

「ありがとうございます。それでは、お願いしてもいいですか?といっても、そんなに汚したつもりはありませんけど…」

「それならすぐ終われるよ♪」

「そうですか。じゃあ僕は邪魔になるでしょうから、リビングにでも行きます」

よろしくお願いします、と部屋を出ようとするハルに、かなでは慌てて声をかける。

「あっ、そうだ、ハルくん!大地先輩、どこにいるか知ってる?」

「大地先輩ですか…?いえ、見てないですね。さっき一度リビングに下りてたいんですが、そこにもいらっしゃらなかったし…」

「そっか。大地先輩の部屋鍵かかってるから、お掃除できなくて困ってたの」

「じゃあ、見かけたら部屋に戻るよう、声をかけておきますね」

「うん!ありがとう!」

ハルが階段を下りていったことを確かめ、二人はほくそ笑んだ。

 

水嶋悠人の部屋―――

「さすがにきれいですね、水嶋くんの部屋は」

きれいさはさきほどの八木沢の部屋と一緒だが、ハルの部屋は何か緊張感のようなものを感じる。

「ハルくんの張り詰めた雰囲気がこの部屋に染み付いたとでもいうのだろうか…」

「それあまり面白くないのでもういいですよ。…それでは、いとこの遺伝子のふろくつき雑誌を置いていきましょうか」

芹沢はハルのベッドの布団をめくって雑誌を置き、
布団を被せた。

「これで『寝ようと思ったらエッチな本があって眠れなくなっちゃったゾ』作戦は完了です」

「いろんな意味で寝れないだろうね、ハルくん。それじゃ、次行きましょー!」

 

「やっぱり大地先輩、まだいないみたい…」

大地は部屋に戻っていなかった。

「一体どこをほっつき歩いているんでしょうね、榊さんは。副部長という肩書きの人間にろくな奴はいませんね」

「仕方ないから、東金さんと土岐さんのお部屋から掃除します?」

「そうしましょうか…。では1階へ」

 

1階に下りて、リビングやダイニングのある方とは反対側の廊下に向かう。

「そういえば、私と芹沢さんのお部屋って掃除しなくてもいいんですか?」

「自分でできるでしょう。それにあなたの部屋など見てもどうせ地味でしょうから面白くありません」

「なによそれ!芹沢さんの部屋だってなんか暗くて気持ち悪そうだし入りたくないんだからね!」

「言いましたね、このAAカップが」

「ムキー!AAカップじゃないもん!Bカップだもん!」

「小日向ちゃんてBカップなん?」

「わっ?!」

耳元の生暖かさと、背中にパラパラとあたった髪。
…土岐だ。

「女性の話を盗み聞きするもんじゃないよ、土岐」

「…あっ!大地先輩!」

二人は神南メンバーが使用する部屋の前の廊下にいた。

「…で、その格好なんなん?うちの坊ちゃんに頼まれたん?」

「ええ、あの…。部長に言われて、みなさんの部屋を掃除させて頂いているのですが…」

「ひなちゃんのそういう格好も可愛いな」

「なんや、掃除してくれんの?なら、小日向ちゃんに俺の体キレ~に掃除してもらいたいわ」

「そうだね。土岐はまずその汚れた性格から掃除してもらうといいんじゃないかな」

「…あんたに言われとうないわ」

完全に芹沢は無視だ。

「大地先輩、ずっと探してたんですよ。お部屋にいないから」

「そうだったのかい?ごめんよ。でも、ひなちゃんが俺を探してくれていただなんて、嬉しいな」

「どうしてここに?」

「いや、土岐が…」

「俺に噛み付きたくてしゃあないんや、榊くんは。ほんま鬱陶しいわ~」

「…土岐。床のささくれで指にトゲが刺さったから手当てしてくれと言ったのは君だろう」

「あの、部屋を掃除」

「医者志望やて聞いたから榊くんに頼んでもうたけど、よくよく考えたら小日向ちゃんに手当てしてもらえばよかったわ」

「ひなちゃん、他の部屋はもう掃除したのかい?もし大変そうなら俺が手伝ってあげるよ」

「あの」

「榊くんは真面目そうに見えて部屋にとんでもないもん隠してそうやな。大人のおもちゃとか見えるとこに置いとったらあかんよ」

「…土岐。俺がそんなもの持っているわけがないだろう。だいたい、何に使うっていうんだ。ひなちゃんの前で下品なことを言わないでくれ」

「あら、大人のおもちゃがどんなのんか知っとう?驚いたわ~、むっつりスケベやわ~、榊くん」

芹沢の電波は受信拒否設定らしい。

「じゃあ先に神南の人たちのお部屋を掃除しますから、大地先輩はお部屋に戻っていてくれませんか?」

「うん、了解。じゃあ、待っているからね」

大地は階段を上がっていった。

「さあて、邪魔者も消えたことやし。小日向ちゃん、俺の部屋で楽しい遊びしよか」

「楽しい遊び?」

「凸を凹に入れたり出したりする遊びやで」

「なにそれ?黒ひげ危機一発?」

「ん~、どっちかっちゅーと小日向ちゃん危機一発やな」

「………副部長」

芹沢がわなわなと発した。

「ん?ああ芹沢、おったん?長いこと気づかんかったわ。ご苦労さん、帰ってええで」

「だめですよ蓬生さん、二人でお部屋を掃除させてもらえないと私たち東金さんに怒られちゃいます」

「もう、いけずやなあ。んなら、俺リビングに行っとるわ。…小日向ちゃんさえええなら、ずっと俺の部屋におってくれてええよ?」

土岐はそんなことを言いながらリビングに向かった。

「………」

「芹沢さん、入りましょ」

 

土岐蓬生の部屋―――

「芹沢さんも大変ですねー」

「同情はよして下さい。ますますムカつきます」

土岐の部屋にはお香の匂いが漂っていた。
なんだかだるくなるような匂いだ。

「蓬生さん、大地先輩にはあんなこと言ってたけど、自分は何か面白いもの持ってないのかな?」

「持ってなくもないでしょうが、人の家にまでは持ってきてないでしょうね」

「ふーん…」

「地味子さん、この辺でちょっとおやつを食べませんか」

「おやつ?!」

かなでの目がキラキラと輝いた。

「ちょっとキッチンで用意してきますから、待っていて下さい。なに、時間はかかりません」

芹沢は部屋を出ていった。

 

「お待たせしました」

5分ほどで芹沢が戻ってきた。
その手には、鍋とビニール袋が。

ビニール袋の中身には、小さく切り分けられたパンが入っていた。

「この匂い…、もしかして…、チーズフォンデュ?!」

「ご名答です。…ブルーチーズのチーズフォンデュです」

「ぶ、ブルーチーズ…」

芹沢が鍋の蓋を開けると、むわわわわん…とブルーチーズの香りが漂ってきた。

「ブルーチーズだらけはちょっときついけど…まあチーズは大好きだし。いただきます!」

二人はブルーチーズのチーズフォンデュを土岐の部屋でたらふく食べた。

 

「ふ~、お腹いっぱい!…って、夕飯前なのにどうしよう…」

「『食欲がないんです~』とか言ってみなさんに心配でもされりゃいいんですよ」

「ご飯、私の好きなもの作ろうと思ったのにな。…まあいいか、それで?何から探します?」

「いえ、副部長の部屋の掃除はこれで終わりです。部長の部屋に行きましょう」

「えっ、終わり?…なーんだ、芹沢さんのことだから時限爆弾でもしかけていくのかと思ったのに」

「俺はまだ前科は持ちたくありません。では、行きましょう」

 

「東金さんいるかなー。もしもーし」

こんこん、とかなでが東金の部屋のドアをノックした。

「小日向か?入っていいぜ」

ドアを開けると、東金がベッドの上で踏ん反り返っていた。
東金のことだから、自分の部屋はたいそう豪華なのだろうと思ったが、実際は他の人の部屋となんら変わりなかった。

「よう。召し使いの格好もなかなかさまになってきてるじゃねぇか」

「ハウスキーパー→小間使い→召し使いって、どんどんグレードダウンしてきてるんですけど…」

「どうだ芹沢、小日向の働きぶりは。中の上くらいにはなったか?」

「そうですね、下の中くらいです」

「(まだそこ?!)」

「お前らがここに来たということは、俺の部屋も掃除してもらえるんだろうな?じゃあ、よろしく頼むぜ」

東金はなぜかヴァイオリンの弓だけ持って部屋を出ていった。

「………。いつも不思議に思ってたんですけど…」

「なんですか」

「東金さんて、なんでいつ何時もヴァイオリンの弓だけ持ってるんですか」

「大人の事情です。地味子さんちの響也くんも同じじゃないですか」

と言いながら、芹沢は既に部屋の掃除に着手していた。

「あれ?ゴミだけ捨てて荷物漁りしないんですか?」

「していますよ。…まったく、あれだけ言ったのにまた後援会からの手紙をぞんざいに扱って…」

東金は手紙や書類をてきぱきとファイリングしている。

「…東金さん、自分の部屋だけはみんなと違って豪華にしてると思ったら、自分も同じような部屋使ってるんですね」

「そうですよ。金持ちのくせにそういうところだけは庶民のみなさんに合わせようとするそういう姿勢にまた腹が立つんです」

芹沢はベッドに脱ぎ散らかされた服を丁寧にたたみ、クローゼットにしまっている。

「意外に礼儀にうるさいですよね、東金さん」

「そうですよ。いつも気まぐれを言ったり部員に厳しくするくせに、頼んでもいないのに部員たちにお茶を振る舞ったりするんですよ。まあそれも俺がやるんですけど。『俺の方があいつらには世話になっているからな』とか言うんですよ。そういうところにまた腹が立つんですよ。200人分のお茶を出す俺の身にもなってほしいくらいですよ」

芹沢は乱雑に物が置かれた机の上をてきぱきと掃除した。

「東金さんて結構、人の頑張りとかいいところを見てたりしますよね」

「そうですよ。無神経のふりして小さなところを見てたりする細やかな神経にまた腹が立つんですよ」

「ツンデレ乙」

芹沢の働きで、東金の部屋は見事にきれいに片付けられた。

「…地味子さん、あなた何もしていないじゃないですか。新人奴隷のくせに職務怠慢とはいい度胸ですね」

「芹沢さんの東金さん大好きっぷりを見てたらなんか気持ち悪くなって動けなかったので見学してました」

 

次は大地の部屋だ。
二人は再び3階に戻り、大地の部屋のドアをノックした。

「大地せんぱーい!来ましたー!」

「ああ、ひなちゃんだね。どうぞ」

大地はドアの隙間からにっこりと笑顔を見せて、二人に部屋に入るよう促した。

「何してたんですか?」

「ああ、ちょっと時間があったから勉強をね」

大地の言葉通り、机の上には教科書やらノートやらが広げられている。

「へえ~!神戸にまで勉強道具持ってきたんですか!」

「はは、ちょっと無粋かな。でも俺は一応受験生だからね」

「さすが大地先輩!」

「…っと、二人は部屋を掃除しにきてくれたんだよね。じゃあ俺はリビングにでも行っていようかな。よろしくね、ひなちゃんに芹沢」

「は~い!任せて下さい!」

「………」

大地は手を振りながら部屋を出ていった。

「………ケッ」

ものすごい顔を歪めて、唾を吐く芹沢。

「ちょ、何してるんですか!」

「親は医者で?頭がよくて?ゆくゆくは自分も医者で?イケメンで?人あたりもよくて?高校に入ってなんとなく始めたヴィオラで全国行っちゃって?なんなんですか?俺の人生にケンカ売ってんですか?」

「そんなにたくさん一度に答えられない」

「歩くイヤミのような人ですね、榊さんは。うちの悪い副部長がインネンつけたくなるのもわかりますよ」

「まあまあ。芹沢さんもお母さんに無理矢理やらされたにしてはなかなかピアノうまいですよ」

「なんであなたが俺の生い立ちを知っているんですか。ていうか慰めるとこそこだけなんですか」

芹沢は大地の机の上に置いてあった医学書に目をつけた。

「へえ、大地先輩、もうお医者さんの勉強までしてるんだ」

「榊さんは何医志望なんですか?」

「確か、外科だったと思う」

「なるほど。…フフ」

芹沢は鋭く眼光を光らせると、「さくいん」で何か調べ始めた。
黙って見守るかなで。

「…あった。ここですね。では…」

芹沢はあるページを開くと、そのページに手をあてると、全体重をかけるように押し付け始めた。

「…何やってるんですか、芹沢さん」

芹沢が開いているページは、女性器の写真が掲載されているページだった。

「………」

「フフ…ふとした瞬間開くページがこれでは…女性から顰蹙を買うこと間違いなしです」

「やることちっさ…だからお前は攻略キャラになれねーんだよ…」

「攻略キャラになったところで攻略してくる女性はあなたのような地味子でしょう。俺を攻略したかったら美人でグラマーに全身整形して出直してくることですね」

「どうせイベント起きたところで紅茶入れてくれるとかそんなんだろ。よってお前は次回作もサブキャラ決定」

「なんやて…?次回作はパケ絵にぶきぬきで堂々と登場したるわ!遙か3の知盛と銀みたいに!」

「だめだめ、お前はよくて遙か2の和仁止まり」

「このアマ、黙って聞いとりゃ調子に乗りよって!犯すでホンマ!」

 

ケンカすること正味3分。
が、いつまでたってもこんなことをしていては大地が戻ってきてしまう。

二人は互いの頬をつねり合いながら大地の部屋を出た。

「やっと全員のお部屋の掃除が終わった~♪」

「そうですね。次は夕飯を作らなくては」

「そういえば、天音のみんなの部屋はどうしたらいいんだろう?」

「そうでした。…まだいらしていませんから、先に掃除をしておいた方がいいですね」

 

二人は天音メンバーが使用する予定の、4階の部屋の廊下に来た。

「部長から預かった部屋割によると…ここが冥加さん、隣が天宮さん、それからここが七海くんですね。では、掃除という名の歓迎の儀式の準備をしましょう」

 

冥加玲士(が使う予定)の部屋―――

「冥加さんの部屋にはこれを仕掛けておきましょう」

芹沢がどこからか取り出したのは、昔懐かしブーブークッションだった。

「一体どこからそんなもの…」

「たとえ誰かが一緒に部屋に入らなくても、彼ほどにプライドが高い方なら一人で屁をしてしまっても一生の不覚と落ち込むでしょう」

「…まあ、そうですね」

芹沢はブーブークッションを机の椅子のクッションの下と、ベッドのシーツの下に仕掛けた。

「さて、次は天宮さんの部屋に行きましょう」

 

天宮静(が使う予定)の部屋―――

「天宮さんの部屋には、これを用意しました」

取り出したのは、かなでの写真。
それも隠し撮りで、数十枚ある。

「何これ?!きんもー☆」

「副部長に頼まれて撮った写真です。パンチラもあります。俺はこれを見て吐きそうになりました」

「もうホント殺したい」

「天宮さんはあれだけピアノの技術がありながら、演奏に感情がこもってないと評されいますよね。ですから、こう、この写真で憎しみとか苛立ちなどを覚えて頂ければ、彼のピアノにももっと深みが増すのではないかと」

「なんで私の写真で憎しみと苛立ちを覚えるんだよ!」

「俺もピアニストですから、天宮さんを一応尊敬しているのです。だから、今回は嫌がらせではなく協力をしたいと」

「話そらしてんじゃねーぞコラ」

 

七海宗介(が使う予定)の部屋―――

「七海くんの部屋にはこれです」

芹沢が取り出したのは、さきほどと同じく隠し撮りであろう冥加と氷渡の写真を数十枚。

「どんだけ隠し撮りしてんの…」

「七海くんは冥加さんや氷渡さんをたいそう怖がっているそうですね。この写真を飾っておけば、恐怖で眠れなくなること請け合いです」

「あー…。これは地味にキツイかもしれませんね…」

「地味子なだけに」

「私の提案じゃねーし」

 

そんなこんなで全ての部屋で嫌がらせ…もとい、掃除を終わらせた二人は、キッチンへ向かっていた。

すると、

ピンポーン…

という音が聞こえてきた。

「あっ!もしかして、天音のみんなが到着したのかな?」

「そうかもしれません。お出迎えしましょう」
二人はいそいそと玄関に向かった。

 

「はーい!…あっ、冥加さんに天宮くんに七海くん!」

玄関の外にいたのはやはり天音メンバーだった。
かなではドアを開けて三人を招き入れる。

「………。天音の生徒だが。…っ、小日向…?」

「やあ、小日向さん。どうしたんだい、その格好。災害でも起きたのかな」

「お邪魔します!うわあ、きれいなお屋敷だなあ。…あれ?小日向さん、その格好は…」

やはり三人にはかなでしか見えていないようだ。
芹沢は生暖かくその光景を見守る。

「なぜ貴様が掃除婦のような格好をしている…」

冥加は怒りでわなわなと震えはじめた。

「貴様にはそんな実用的な衣服より、もっと布がひらひらして掃除をするお前の足を引っ張るような黒と白で縁起の悪い衣服が似合いだ!」

「メイド服だね。冥加はそういうのが好きなんだ、気持ち悪いなぁ」

「こっ、小日向さんがメイド服っ…?!も、もし、スカートがふわふわで短かったりしたらっ、目のやり場に…いえっ、いろいろ危険です!」

「それで、僕たちはどうしたらいいのかな」

「あっ、お部屋にご案内」

部屋に案内しようとしたかなでを制止して、芹沢が前に出た。
せっかくいい仕掛けをしたのだ、すぐに部屋に行かれては面白くない。

「もうすぐ夕食の時間ですから、リビングでお待ち下さい。お荷物はリビングに置いて頂いて結構ですので。夕食が終わったら、部長から部屋の鍵をお渡しします」

「ええ、わかりました。…えっと、あなたは東金くんの家の執事さんか何かで?」

「…いえ、俺は神南の…」

「ああ、神南の生徒さんか。これは失礼。神南は惜しくもセミファイナルで敗れてしまったけれど、なかなかいい演奏だったよ。君も客席から応援を?」

「………いえ」

「ああ、じゃあ地元から応援を?」

「………いえ。ステージで…」

「袖で応援していたのか。神南のヴァイオリンデュオ、よかったよね」

「……………。ピアノトリオだったのですが…」

「…ピアノトリオ?ピアノっていたっけ?」

「そのピアノが、俺です…」

「あっ…」

気まずい沈黙。
しかし、空気を読める人間は、ここにはいなかった。

「フン。存在感のないピアノなど、記憶の片隅にも残らん」

「っ…あ、あの、いいピアノでしたよ!なんていうか、控えめな感じで!」

「………。リビングに、ご案内します…」

三人を先導する芹沢の肩をポン、と叩いて、かなでは言った。

「いいから涙拭けよ」

 

「献立は一応作ってきました」

キッチンにて、芹沢とかなでは夕飯の準備をしていた。
あまり時間がないので、てきぱきと作らなくては。

「時間ないし助かります。えーっと…一番時間がかかるのは、ナマコのソテー…かな」

「俺はゴーヤの野菜炒めを作りますから、地味子さんはそちらをお願いします。終わったら、豚足を温めておいて下さい」

 

ジュ~…

「さっき余ったブルーチーズも使ってしまいましょう」

「あっ、サラダ用のとうもろこしも茹であがりました!」

「ホワイトチョコレートケーキは、冷蔵庫の中にあるのであとで切り分けましょう。それだけじゃつまらないので、チロルチョコも買ってきました。ケーキに添えるのを忘れないで下さい。あと、さくらんぼの塩漬けは…と」

「あれ?海苔が…」

「ああ、普通の海苔は切らしてるんです。そちらに部長が土産で買ってきた韓国の味付け海苔が…」


30分後。
料理は完成した。

今日のメニューは、

ナマコのソテー
ゴーヤの野菜炒め
豚足
納豆
とうもろこしのサラダ
ホワイトチョコレートケーキ

である。

「それにしてもなんか…統一感ないですね…」

「飲み物はメロンソーダを用意しました。では、みなさんをダイニングに呼びましょう」

 

「みなさーん!ご飯の時間ですよー!」

「わぁい♪ハルちゃん、早く行こ!」

「押すなッ!」

「やった、メシメシ!腹ぺこぺこだぜ!」

「何を作ってくれたのか、楽しみだな」

「そうだね。ひなちゃんが作ってくれるものはみんなおいしいから、楽しみだよ」

「雑巾がけで腹ぁ減らしといて…よかったな…」

「そうだね、火積くん。ボク、さっきからずっとお腹鳴ってて…」

「へへっ、俺の好きなものあるかな~?」

「小日向ちゃんだけで作ってくれたらよかったのになあ」

「わがままを言うな、蓬生。さすがにこの人数の飯を一人で作るのは酷だろう」

「フン 夕飯か」

「冥加、なんでそんな早歩きなんだい」

「小日向さんの手作りかぁ。オレ、たくさんおかわりしちゃいそうだなぁ」

みんなそれぞれウキウキしながらダイニングに向かう。
かなでも、早くみんなの喜ぶ顔が見たいと思っていた。

 

「……………」

ダイニングにて、一同のテンションはがた落ちしていた。

まるでお通夜のような雰囲気だ。

「いただきます。…どうした、なぜみんな箸をつけない?」

律や狩野、伊織を除く一同は、テーブルに並べられた料理を見つめたまま微動だにしない。

「…ああ、そうか。まずは乾杯からだな。東金、頼む」

「あ…ああ」

東金はしぶしぶ立ち上がった。

「今日は…神戸にようこそ諸君。では…乾杯…」

「乾杯…」

カチン…
と、覇気のない音が響き渡る。

「どうした響也、なぜ飲まない」

「…わかってて言ってんのか?」

乾杯が終わっても、先の3人以外は箸を持ったまま料理を見つめていた。

その様子を見て、かなでは涙ぐみながら言う。

「みんな…。私の作ったお料理じゃ、食べる気しないのかな…?」

「そそそそんなことないよっ!ほ、ほら!豚足豚足!火積先輩も食べて下さい!」

新が慌てて豚足をむしゃむしゃと食べはじめ、火積にも勧めた。

「お…おう…」

「そうだよね。ほら冥加、早く食べなよ。おいしいよ、とうもろこしのサラダ」

「貴様こそナマコのソテーを食したらどうなんだ」

みんな、かなでの涙ぐむ様子を見て、仕方なく料理を食べはじめたが、
…なぜかみんな涙目になっていた。

 

夕食を終えた一同は、こぞって部屋に戻っていった。

「はあ…。なんかみんな、もっと食べてくれるかと思ったのに、伊織くんくらいしかおかわりしてくれなかったな…」

かなではしょんぼりしながら後片付けをしていた。

「嫌いなものでもあったんじゃないですか。…それより、狩野さんと伊織くんの部屋を掃除するの、忘れてましたね」

「あッ?!ナチュラルに忘れてた!」

「…まあ、2部屋くらいいいでしょう。それより…そろそろ俺たちの仕掛けたトラップが発動する頃ですよ」

「わああああん!」

「ほらきた」

新がハルに追いかけられて、リビングに飛び込んできた。

「なんで殴るのさ~っ!」

「待てッ!よくも僕の部屋にあんないかがわしい本を置いたな!」

「えッ?!ま、まさか…。オレの雑誌がなくなったと思ったら、ハルちゃんが持ってったの?!」

「持っ…?バカ言えッ!僕がそんなもの持っていくわけないだろう!勝手に部屋に置かれてたんだッ!」

「だってえ、なんでオレの雑誌だってわかるのさ!」

「あんなもの買っているのはお前くらいだろうからだ!し、しかもッ…雑誌から、変な匂いがッ…」

「あ。そうだ。ハルちゃん、わざわざ使用済みのやつ持ってったの?!変態~!」

「だから僕は持っていってない!」

早速始まった、と芹沢とかなではほくそ笑んだ。

「はあ」

土岐がよろよろとリビングに入ってきて、力なくソファーに倒れ込んだ。

「一体、なんの騒ぎだい」

ハルたちの喧騒を聞き付け、大地をはじめとする星奏メンバー、八木沢や火積たちもぞくぞくとリビングに入ってくる。

「おい、はしゃぎたい気持ちはわかるが少しうるせぇぞ」

東金も文句を言いながらリビングに入ってきた。

「………ん?どうした蓬生。具合悪いんなら部屋で寝ろよ」

「いやや。なんやくっさいんやもん俺の部屋。俺の大っ嫌いなアレの匂いすんねん。さっきやって無理して食ったんに、内から外から攻められたら俺もう死んでまう」

「は?何言ってるんだ?」

「おいハル、どうしたんだ」

「っ、大地先輩!新が僕の部屋にいかがわしい本を!」

「は?」

「ははっ、大方エロ本の取り合いでもしてんじゃね?旅先にまで変な本持ち込むんじゃねーよ」

響也はバカにしたように笑っている。

「…そうだ、響也。大地を交えて3人で少し話したいことがあるんだが、あとでお前の部屋に行ってもいいか?コーヒーでも飲みながら話そう」

「はあ?別にいいけど、なんだよ改まって」

「こらこら、ケンカはよくないよ、水嶋。一体何をしたんだい?」

「八木沢センパ~イ!ハルちゃんが…」

「言ったら殺す」

「ふえええん!」

ハルは新の首根っこを掴んでリビングから出ていった。
きっと水嶋流折檻が始まるのだろう。

「…ハハハ、よくわからないけど、なんだかんだでいとこ同士仲はいいみたいだね」

「………」

「ん?火積、どうかしたのかい。なんだか嬉しそうだね?」

「や…。ちょっと。………」

火積は顔を赤らめてにやついていた。

 

「先発組と後発組、被害を被らなかった方もいますが、とりあえず成功のようですね」


「ですね。みんなうまい具合にひっかかっちゃってー♪…あ、そういえば天音のみんなは…」

「………」

かなでが言いかけると、ちょうどいいタイミングで天宮がリビングに入ってきた。
俯き加減で、なんだか気持ち悪そうに沈んだ表情をしている。

「…あの。僕の部屋に気持ち悪い写真がいっぱい飾ってあるんだけれど…。あれ、何?あんなのが飾られてる中じゃ、眠れないよ」

確か、天宮の部屋に仕掛けたのは、
…かなでの写真だ。

「(ガーン!)」

「ぷっ…くくく…」

ひどい言われようのかなでを、芹沢は声を殺して笑った。

「(ひ、ひどいよう、天宮くん…。そこまで言わなくても…)」

「ああ、天宮さん。冥加さんと七海くんはどうされてますか?」

「え?…冥加はわからない、部屋にこもりきりみたいだよ。七海はさっき、『お腹の調子が悪いかもしれない』と言ってトイレに駆け込んでいったけど」

「はぁ…?」

「ところで、なんの趣旨かわからないけれど、部屋に飾ってある写真処分してもいいかな。ちょっと気持ち悪くなって…」

「(ガーン!そこまで言わなくてもいいじゃない!)」

 

「大地、響也、文化祭での演奏曲だが…」

律・響也・大地の三人は、律の提案通り、響也の部屋で話し合いをしていた。

「そうだな、みんなのレベルを平均して………ん?」

大地は、窓の外を見やって首を傾げた。

「あれ、雨降ってきたか?」

「雨?ちょっと見てみよう」

窓の近くに座っていた律が、コーヒーを片手に窓に顔を近づけ、外を凝視した。

「…ああ、小雨が降ってきたようだ。それで………、ん?」

コーヒーの湯気で窓が曇った。
律は、窓をまじまじと見つめる。

「なんだ?『16の夜にやんちゃすんなよ』…?」

「???!!!」

響也があからさまにびくりと反応した。

「えっ、なんだい?何か書いてあるのか?」

「ああ…。窓に謎の文字が浮かび上がってきた…」

ごくり…と律は生唾を飲み込む。

「ここは由緒ある東金家の屋敷だ…まさか、何かの暗号では…」

「おいおい、それはないだろう、律。暗号にしては幼稚なフレーズだ。反抗期まっさかりの子供が、どこぞの歌手の歌でも真似て考えたとしか思えないな」

お前もそう思うよな?と話を振られて、響也は動揺した。

「そ、そうだよ、だいたいセンスねーじゃん!ガキのいたずら書きだって、は…はは…ははは…」

「響也?なんで真っ赤で涙目になってるんだい?」

 

「一仕事終えた後の紅茶はうまいですね」

芹沢とかなでは、誰もいなくなったリビングで紅茶を飲んでいた。

「そうですねー。ま、『私が』いれたからおいしいんでしょうけど」

「ふっ…。何を言っているんだか。部下に仕事を譲っただけで、俺がいれたらもっとうまかったですね」

「いや、私の方がうまいし」

「いや、俺の方がうまいし」

二人の間にバチバチと火花が散る。

「どんぐりの背比べはそのへんにしとけ」

東金がリビングに入ってきた。
二人は口を慎む。

「どうされたんですか、部長」

「いやなに。お前たちの功労を称えてやろうと思ってな」

真面目にやっていなかったものだから、すっかり忘れていた。
かなでたちは、東金に命令され、ハウスキーピングをしていたのだ…

「あ、あはは。そんな…。泊めて頂いてるんですし、これくらい当然です」

聡い彼には、ふとしたことで不正がバレかねない。
何も言わないのが得策だ。
芹沢もそう考えたのか、いつもに増して口数が少ない。

「………」

東金は唇を指でいじりながらニヤニヤしている。

「…やっぱり、お前たち二人に頼んで正解だったようだな」

「はっ?え、えーと、まあ、家事は苦手じゃないですし」

「そうじゃない。あいつらのパニックの原因は、お前らだろう?」

「「?!」」

芹沢もかなでも、あからさまに顔色を変えた。
ば、バレてた?!
…いや、どちらかというと気づかない方がアホな気もするが…。

ハウスキーピングを頼まれておいて実はいたずらをしてました、だなんて、もう罵られる他考えられない。
芹沢に至っては、この時、転校の覚悟すら決めていた。

「ハハッ!やってくれるじゃねぇか、お前たちのおかげでずいぶんと楽しめたぜ」

東金は爽やかな笑顔で笑っている。
てっきり怒られると思っていた二人は、面食らった。

「ど、どういうことですか…」

「せっかく遠方から客が来るんだ、何か面白いもてなしをしてやろうと考えていたんだがな。どうにも、金を遣う催ししか思いつかなくて、どうしたものかと思っていたんだ」

やはり東金というところか、エンターテインメントには熱を入れたかったらしい。

「そこで、だ。普段から俺たちに不満を持っている芹沢と、いたずら好きの小日向を組み合わせて行動させたら、何か面白いことをやってくれるんじゃねぇか、って思ってな」

「べ…別に俺は、不満など…」

「なあに、建前で語らなくてもいい。…結果は大成功だ、奴らもそれなりに思わぬハプニングで楽しんだことだろう」

東金はとても満足そうにしている。
全て見抜かれていたのかと思うと、恥ずかしいやら情けないやら。

「小日向、俺に納豆を食わせたのはお前が初めてだぜ?」

「うう…。でも、献立を考えたのは私じゃないですよ?!」

「まあ、いい。…これは、お前たちへの感謝の気持ちだ」

東金は、一枚の紙と封筒を二人の前に差し出した。
一枚の紙は―――

「管弦楽部部長の引継…?」

「ああ。次の部長はお前だ、芹沢」

「なっ…」

「それにサインすれば、秋に3年が引退したらお前が部長だ。もちろん、引き受けるよな?」

「っ………」

芹沢は驚いた顔で書類を見つめている。

「これは………あっ!」

封筒の中から出てきたのは、複数枚の新幹線のチケットや、神戸のホテルの宿泊チケット。

「本当はお前一人宛てでいいとも思ったんだがな、やはり人数は多い方が面白いだろう。星奏の奴らを引き連れて、また神戸に来いよ」

「うわあ…!い、いいんですか?!こんな高いもの!」

「ま、次も俺の家へ泊めてやってもいいと思ったが、そればかりでは味気ないからな。ホテルのチケットの有効期限はは年内だ、だから年内にまた遊びに来い」

東金は説明を終えると、席を立った。

「礼はしたからな。これからも俺を楽しませてくれよ?」

「………」

「………」

二人は、リビングから出ていく東金を呆然と見送った。

「…やっぱり、東金さんていい人ですね。さすが、200人の部をまとめるリーダーだけあるなぁ」

「…ああいう無駄に善良なところがまたムカつくんですよ」

そう言いながらも、どこか芹沢は嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…はい。あっ、芹沢さん」

無事神戸旅行を終え、2学期を過ごしていたかなでのもとに、一本の電話が入ってきた。
相手は芹沢だ。

『ご無沙汰しております、地味子さん。少し、お伝えしたいことがありまして…』

「お伝えしたいこと…?はあ、なんでしょう。…あ!そういえば。律くんと大地先輩、芹沢さんのせいで部の女の子たちから好奇の目で見られてますよ」

『それはなにより。…たいしたことではないんですが。…天音のみなさんのことで、ちょっとわかったことが…』

「えっ?」

そういえば、天音メンバーに仕掛けたいたずらは、なんとなく曖昧なまま終わってしまった。

『実は…。俺たちが考えていた部屋の割り振りが、違っていたようなんです。部長が渡す鍵を間違えたようで』

「え?どういうこと?」

『つまり…。冥加さんが天宮さんの部屋に、天宮さんが七海くんの部屋に、七海くんが冥加さんの部屋になっていた、ということです』

「…じゃあそれって、仕掛けの対象が変わっちゃったってこと?!」

つまり、
ブーブークッション→七海
氷渡りや冥加の写真→天宮
かなでの写真→冥加

と、変わってしまったということ。

「あ~、そういえば七海くん、お腹の調子がおかしいかもしれないとかなんとか………あっ?!じゃあ、天宮くんが散々なことを言ってたのは私の写真じゃなくて…?」

『氷渡くんと冥加さんの写真ということになりますね』

「………なぁんだぁ!そうですよね、いくら天宮くんでも写ってた本人を目の前にして………言うか。でも、私じゃなくてよかった~!」

『ただ、少々不思議なことがありまして…。みなさんがお帰りになられた後確認したんですが、天宮さんの部屋の写真は全て破り捨てられていたんですが、冥加さんの部屋の写真が消えていたんです。ゴミ箱にも入ってなくて』

「冥加さんの部屋の写真て…私の写真?」

『ええ。…一体どこへいったんでしょう』

…一番の謎だけ残ってしまった。

「…ま、いいか。今度神戸に遊びに行った時は、もう一人入れて三人でいたずらしたいな~♪それもまた楽しそう!」

『………。だめですよ。地味子さんの指導をするのは、俺だけでいいんです』

「へ?」

『な、なんでもありません。それでは、失礼します』

芹沢は慌てるように電話を切ってしまった。
携帯電話を見つめて、思わずかなでは言った。

「………なに、これ。芹沢フラグ?!」

 

 

 

一方その頃―――

自宅にて、冥加は神戸で思わず手に入れた宝を、フォトアルバムに保管していた。

END